免訴・時効問題学習討論会
「奥深山闘争と大坂裁判」
 2月12日(金)亀戸文化センターで、山本志都弁護士を講師に迎え、免訴・時効問題学習討論会「奥深山闘争と大坂裁判」を参加者40名で行いました。
20210212

2月12日の第2回「大坂正明さんの救援会学習会」に参加して
   2021年2月17日 大坂正明さん救援会事務局長 小泉義秀

はじめに
 昨年11月28日に行われた船山泰範先生を講師とする第1回目の学習会を受けての、2回目の学習会である。コロナ禍の緊急事態宣言下の学習会であったが、大勢の人が参加してくれた。今回の講師は奥深山さんの弁護人でもあり、大坂正明さんの弁護人でもある山本志都弁護士が講師を引き受けてくれてた。山本弁護士は講演レジュメの他に奥深山さんが生まれてから、死去されるまでの「できごと」と「奥深山さんの病状」の表を時系列でまとめた資料と、3つの最高裁判決の資料をジュリスト別冊等からコピーして解説してくれた。
 更に当日『誇り持ち 生き抜いて 奥深山幸男―追悼―』(奥深山さん追悼集編集委員会)が販売されていた。この本の中に「裁判所の不作為を弾劾する」という山本志都弁護士の原稿と大坂正明さんの「免訴申立書」が資料として掲載されている。今回の学習会は毎月1回行われている大坂救援会の呼び掛け人会議で決まり、山本弁護士が講師を引き受けてくれたものであるが、奥深山さんの追悼集の中身は大坂救援会が議論してて求めてきた現段階の焦眉の課題を提起してくれている。この時期にこういう本が出版されたことに感謝したい。この本全体と、山本弁護士や他の弁護人、奥深山さんの主治医であった春日先生の文章を読んで、星野さん、奥深山さん、大坂さんの闘いがここで再び一体化した気がした。

公訴棄却の決定的判例―2016年最高裁判決
 前回の船山先生の学習会を受けて私は「『犯罪と刑罰』(ベッカリーア著 岩波文庫)の視点から『公判の不誠実な不行使と違法な起訴』(船山泰範)を読み解く」というレポートを書いた。その最後に「高田事件の次はこの判例を学びたい」と述べていた。山本弁護士が用意してくれた3つの最高裁判例の一つがこの判例である。この資料は「判例タイムズ1448号66頁」から引用されている。この事件は殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件であり、最高裁判所第1小法廷判決/平成27年(あ)第1 8 5 6号である。
 事件の概要は以下の通り。
【1 本件は、統合失調症に罹患していた被告人が、平成7年5月3日、愛知県内の神社の境内で、面識のない2名を文化包丁で刺殺したとして、殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反により起訴された事案である。
 第1審において、被告人が訴訟能力を欠くとして約1 7年間公判手続が停止されたという経緯があり、被告人に訴訟能力がないために公判手続が停止された後、その訴訟能力の回復の見込みがない場合、裁判所がいかなる措置を講ずるべきか、具体的には、そのような場合に第1審裁判所が公訴棄却の裁判をすることの可否が争点となった。
 2 第1審の名古屋地裁岡崎支部は、被告人に訴訟能力の回復の見込みがないと判断した上で、本件については、「公訴提起後に重要な訴訟条件を欠き、後発的に『公訴提起の手続がその規定に違反したため無効』になったもの」として刑訴法3 3 8条4号を準用して公訴棄却の判決をした。
これに対し、検察官が控訴し、第1審判決には不法に公訴を棄却した誤りがある旨主張した。控訴審の名古屋高裁は、被告人に訴訟能力の回復の見込みがないとした第1審判決の判断に誤りはないとしつつ、検察官が公訴を取り消さないのに裁判所が公判手続を打ち切ることは基本的に認められておらず、検察官が公訴を取り消さないことが明らかに不合理であると認められるような極限的な場合に限り裁判所による打切りが可能である旨判事した上で、本件はそのような場合にあたらないとし、第1審判決を破棄し、事件を第1審に差し戻す判決をした。】
 これに対して弁護人が上告し、最高裁は岡崎地裁判決は正当であるとして、名古屋高裁の判決を棄却した。刑訴法においてはこのような裁判が遅延した場合にどうするのかの規定がない。そのために検察側は検察官が公訴を取り消さないのに、裁判所が公判手続きを一切ることは認められていないという判断で、控訴したのであるが、最高裁は「裁判所は、検察官が公訴を取り消すかどうかに関わりなく、訴訟手続きを打ち切ることができる」という判断をしたということである。
最高裁判決が出た平成28年=2016年である。岡崎地裁判決が2014年。奥深山さんの免訴を勝ち取る決定的な判決が出てから二か月も立たないで奥深山さんが逝去され、その3か月後に大坂正明さんが逮捕されるという経緯をたどる。
 山本弁護士の奥深山さんの時系列「資料」には2017年2月20日に弁護人は申入書を提出している事実が記されている。35年7ケ月に及ぶ公判停止状態による公訴棄却の判決を求めたものである。その論拠として、高田事件と岡崎地裁判決を支持する最高裁判決を掲げている。裁判所は2017年3月8日、奥深山さんの死亡による公訴棄却決定を出した。しかし、1994年の12月13日の「公訴棄却ないし免訴」の申立てについての見解は示されなかった。1994年の12月13日に奥深山さんが「公訴棄却ないし免訴」となっていれば、大坂正明さんの公訴時効は成立している。この問題はまだ決着がついていないのであり、大坂さんの免訴を求める闘いの中で奥深山さんの「公訴棄却ないし免訴」と大坂さんの公訴時効、または免訴を勝ち取ることができる。その確信を深める学習会であった。

被告人の訴訟能力をめぐる最高裁判例
 山本弁護士が用意してくれた二つ目の最高裁判例が「最高裁平成7年2月28日第三小法廷決定」である。これは「別冊 Jurist No,203」「刑事訴訟法判例百選(第9版)」のコピーであり、龍谷大学教授の福島至さんが解説している。
 事件の概要は以下の通り。
「被告人は、事務所荒らしおよび車上狙いの窃盗11件行ったとして、 1980年に起訴された(1984年追起訴の1件も含む)。控訴審判決の認定したところによると、被告人は耳が聞こえず、言葉も話せない。手話も会得していないし、董思の疎通を図ろうと試みてきたが、単純な会話はともかくとして、抽象的および仮定的な事項など複雑な内容を伝達することは不可能である。通訳人の通訳を介して思の疎通を図ろうと試みてきたが、単純な会話はともかくとして、抽象的および仮定的な事項など複雑な内容を伝達することは不可能である。通訳人の通訳を介しても、黙秘権を告知することは不可能であり、また、法廷で行われている各訴訟行為の内容を正確に伝達することも困難で、被告人自身、現在置かれている立場を理解しているかどうかも疑問である、とされた。
 一審裁判所は、被告人に国選弁護人のほか特別弁護人を選任し、また手話通訳者2名も選任して、 7年近く審理を行った。その結果刑訴法338条4号に基づき、『公訴提起の手続自体が不適法であった場合に準じ、公訴棄却をするのが相当である』とした。その理由は、『本件のような極限的事例においては、被告人に対する訴追の維持ないし追行は救い難い影響を受けているというほかはない。それはまた同時に、刑訴法が公訴の適法要件として本来当然に要求する訴追の正当な利益が失われているということである」とされた(岡山地判昭和62・11・12刑集49巻2号506頁参照)。
 これに対し控訴審判決は、被告人は訴訟能力があると認めるには極めて疑問が大きいとした上で、『訴訟能力を欠く被告人については、手続の公正を確保するため、刑事訴訟法314条1項を準用して公判手続を停止すべきであると考えられる』と述べた。そうして、一審判決を破棄し、『本件の公判手続を停止すべきかどうかについては、原裁判所において、医師又はこれに代わる心理学などの専門家の意見を聴くなとして(刑事訴訟法314条4項参照)、更に審理を尽くすのか相当である』として、差戻しの判決を言い渡した(広島高裁岡山支判平成3・9・13前掲刑集517頁参照)。 弁護人は、被告人の迅速な裁判を受ける権利等を保障した憲法37条1項に反するなどとして上告した。」
 最高裁は控訴審判決が正当として弁護人の上告を棄却する。この判決で重要なのが、訴訟能力のないことを理由に公判手続が停止された後の措置についての千種秀夫裁判官の補足意見である。
 「裁判所は、訴訟の主宰者として、被告人の訴訟能力の回復状況について、定期的に検察官に報告を求めるなとして、これを把握しておくべきである。そして、その後も訴訟能力が回復されないとき、裁判所としては、検察官の公訴取消しがない限りは公判手続を停止した状態を続けなければならないものではなく、被告人の状態等によっては、手続を最終的に打ち切ることができるものと考えられる。ただ、訴訟能力の回復可能性の判断は、時間をかけた経過観察が必要であるから、手続の最終的打切りについては、事柄の性質上も特に慎重を期すべきである」。
 福島至教授はこの判決の意義について三点に渡り述べている。その第三の意義の部分がとりわけ重要と思う。
 「検察官が公訴取消しをしないとする態度を貫くと、被告人は終生公判手続が停止したままになりかねない。そもそも公判手続停止制度は、被告人の公正な裁判を受ける権利を保障することに由来するとされているが、かかる事態は公正な裁判とは言えなくなる。こうした場合には、裁判所による手続の打切りを認めることが妥当である。」
 裁判の停止だけではなく、手続きの打ち切りを鮮明にした意見であることが重要であり、この千種秀夫裁判官の補足意見が前述の岡崎地裁判決を支持した最高裁判決につながるのである。この事件は1997年から公判手続きが停止されたが、99年8月に被告人の癌が発見され、9月に公訴取り消しによる公訴棄却となったが、12月に被告は死亡してしまう。
 第一の判例も、この判例も奥深山さんと深く重なり合う事案であり、高田事件判例と合わせると、奥深山さんの公訴棄却又は免訴が速やかに為されなければならなかったのであり、そうなっていれば大坂さんの時効は完成していたということである。

 高田事件―迅速な裁判の判例
 この資料も「別冊 Jurist No,203」からのもので田中開・法政大学教授の解説である。この判決は前回の私のレポートで詳細に触れたので要点のみ。
 この事件は1952年に名古屋市内の高田巡査派出所襲撃を含む一連の集団暴行事件であるが、1954年3月4日の公判を最後に、その後15年余も全く審理が行われずに経過した裁判について、名古屋地裁が迅速な裁判を保障した憲法37条1項に違反するとして、「公訴時効が完成した場合に準じ、刑事訴訟法第337条第4号により被告人らをいずれも免訴する」との判決を下した裁判判例である。

 3つの最高裁判決は大坂さんの免訴申立の正当性をあらわしている
 山本弁護士の講演と『誇り持ち 生き抜いて 奥深山幸男―追悼―』(奥深山さん追悼集編集委員会)の48~52頁の山本弁護士の記述と大坂さんの「免訴申立書」を学習することで大坂さんの免訴申立についての確信を持つことができた。
「大坂さんについて公訴時効を完成させないために、奥深山さんへの裁判にあえて決着をつけない。奥深山さんを店ざらし状態にしたまま公訴権を確保する、これは裁判所という権力の組織ぐるみの不作為といわざるをえない。」(同51頁)という山本弁護士の記述を共有したい。
 船山泰範先生の論文・「公判の不誠実な不行使と違法な起訴」の中で裁判所の「単なる怠慢とか失念のようなことではなく」大坂さんの公訴時効を完成させないために「裁判所と検察庁という権力の組織ぐるみの不作為にほかならない」(同17頁)というその内容について迫ることができた。船山先生は事件から半世紀近くも経過して裁判が開始されるその異常さを、公訴時効と権力の関係から多くの人に知ってもらいたいという立場からこの論文を書かれた。この間の2回の大坂救援会主催の学習会は先ずは大坂救援会の呼び掛け人が船山先生の論文と大坂弁護団の「免訴申立書」をわがものにできるかどうかということである。私自身、まだ入り口にいるようなレベルであるが、今後、第3回目の学習会を企画して、深めていきたいと思う。