勝 負 の 2022 年
大坂さんをとり戻す年に!
大坂さんをとり戻す年に!
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救 援 会 スケジュール ☆ 霞 が 関 街 宣 とき 1月19日(水) 正午~13時 毎月、東京地方裁判所前で大坂さんの無実を訴える宣伝活動を行っています。 |
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救 援 会 スケジュール ☆ 霞 が 関 街 宣 とき 1月19日(水) 正午~13時 毎月、東京地方裁判所前で大坂さんの無実を訴える宣伝活動を行っています。 |
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11・28デモと集会へのメッセージ(全文)
二度目の東拘包囲デモと71年11・14闘争50周年全国集会を迎えました。これを機に本土での沖縄闘争の高揚を期待しています。 救援会を先頭として取り組む、包囲デモはもとより宣伝カー行動、申し入れ行動、学習会、ビラまき等の活発な支援活動にはいつも励まされています。ありがとうございます。「感謝している」という月並みな言葉でしか気持ちを表せないのがもどかしく思います。 今回の包囲デモは71年11月の沖縄闘争から50年目にあたりますので、沖縄を前面に押し出していただきたいと思います。沖縄全島での基地撤去闘争、とりわけ辺野古新基地建設阻止を闘う沖縄県民との連帯を示すシュプレヒコールでデモを貫いてください。 包囲デモの後の全国集会にも胸を熱くしています。残念ながら50年前、沖縄県民が掲げた平和への願いはかないませんでした。それどころか、この50年間には基地の拡充・強化の攻撃によって、全島をミサイル基地化、出撃基地化し、再び沖縄を戦争の最前線に立たせようとしています。これに対し沖縄県民は辺野古の闘いにみられるように、差別・抑圧の暴力的な攻撃に怯むことなく不屈に闘い続けています。 本土の労働者民衆はこの沖縄の闘いに全力で応えなくてはなりません。50年前、星野さんを先頭として本土での闘いを必死の思いで闘いました。手前味噌ではありますが、この時の精神を若き仲間たちに受け継いでもらいたいと願っています。 沖縄県民が本土復帰にかけた思いの核心は「戦争放棄・戦力不保持」を掲げた平和憲法の下への復帰ということです。しかし、歴代自民党政権は、戦争ができる国への飛躍をかけて改憲を画策してきました。新たに発足した岸田政権もまたこの例にもれず、維新の会や国民民主党を取り込みつつ、改憲を急いでいます。 岸田は広島県選出として反核のイメージを振りまいていますが、実際には原発推進であり、核の傘を積極的に受け入れ、そして自らの核武装をも狙っています。 また新しい資本主義と言いつつ実際にやっていることは新自由主義のさらなる凶暴化にほかなりません。 こうした岸田の反動的攻撃の中で、私が特に弾劾したいのは、軍事費をGDPの2%以上にするという攻撃です。これまでは1%をめぐる攻防ですから実に2倍以上にするというのです。コロナ下で生活もままならない労働者民衆の存在を直視することなく、戦争発動政策にのめり込もうとしているのです。この2%以上ということは、本質的には軍事費の制約を取り払えという要求であり、またいつでも戦争を発動するぞという支配階級の決意表明と言えるものです。 このように岸田政権は自らがふりまくイメージとは正反対の極めて凶暴な反動政権なのです。この政権と闘うには階級的労働運動の発展をかちとる以外ありません。あらゆる労働現場で労働組合を作り、労組に結集し、職場から改憲と戦争に反対する闘いを展開するのです。 50周年だからといって、それだけで特別な意味があるとは思いませんが、気持ちを新たにして、沖縄との連帯を強め、沖縄闘争を基軸にした改憲・戦争に反対する運動の再出発をする契機にすることはできます。 岸田政権打倒に向けて闘いぬきましょう。 |
毎日新聞社に抗議申し入れ
予断と偏見に満ちた「犯人」キャンペーン許さない 11月14日、毎日新聞は「渋谷暴動事件50年」を特集で報じました。社会面をほぼ全て使い、カラーで構成された紙面は、大坂正明さんを「機動隊殺害の犯人」だと大々的にキャンペーンするもので断じて許せません。大坂さんは無実です。救援会は12月3日、星野全国再審連絡会議とともに毎日新聞東京本社へ申し入れを行いました。
抗 議 声 明 大坂正明さん救援会 毎日新聞は11月14日付朝刊社会面において、渋谷暴動事件50年の特集記事を掲載しました。しかしながらその内容は、71年11・14闘争がどのような時代背景のもとに行なわれたのかを掘り下げるものでは全くなく、デモ隊との衝突で死亡した中村巡査を「事件の被害者」扱いし、大坂正明さんを「有罪」と決めつける許しがたい内容です。私たち大坂正明さん救援会は、このような国家権力の片棒を担ぐ記事を平然と掲載した毎日新聞に強く抗議します。
第一に、大坂正明さんが「殺人犯」であることを前提にして報道していることです。大坂さんは無実であり、完全な政治的でっち上げ事件です。大坂さんは過酷な弾圧を強制されながらも、「私は無実だ」と50年間も叫び続けてきました。その苦闘を一切報じることなく、正義・真実に目をつぶり、ねじ曲げ、これから始まろうとしている裁判を前に大坂さんを「犯人」だと決めつけるもので、断じて認めることができません。特に、大坂さんの裁判は裁判員裁判が前提となっています。検察官も弁護人も裁判員裁判からの除外を申し立てていますが、まだ決まっていません。裁判員に予断と偏見を与え、公平・公正な裁判を阻害するキャンペーン記事であると断ぜざるをえません。 第二に、渋谷暴動50年と見出しを掲げながら、事件の背景について何一つ触れていません。1971年は安保・沖縄闘争の年であり、沖縄返還協定をめぐって日本中が揺れていました。11月14日の渋谷デモも、沖縄返還協定批准阻止闘争でした。このことに言及しない記事は、今現在沖縄で進められている、民意を踏みにじる基地建設やミサイル配備という政府の改憲・戦争への動きに乗るものです。50年前、沖縄民衆の「核抜き本土並み」要求が政府によって踏みにじられ、ペテン的返還協定が批准されようとしていることに対して、沖縄では返還協定に反対する全島ゼネストが闘われていました。11月10日の闘いでは、警察官が死亡する事態に発展するほど、沖縄民衆の怒りは高まっていました。この沖縄の血叫びに応えようと、本土の青年・学生たちが立ち上がったのが渋谷暴動闘争と呼ばれる11・14デモでした。時の政府は民衆の闘いを警官隊の暴力で押しつぶそうとしました。東京では集会やデモが禁止され、全国から動員された1万2千人の機動隊で厳戒態勢が敷かれました。警察官がこん棒やガス銃で武装し、デモ隊に激しく襲いかかることで「鎮圧」を図る、非常に暴力的な「警備」でした。警察の暴力によって守られた国会に異を唱えるには、この重苦しい現実を突破する人民の実力決起が必須でした。渋谷暴動闘争は、機動隊の阻止線を実力で突破して万余の群衆とともに「沖縄返還協定批准阻止」の叫びを政府に突きつけた歴史的な闘いとなったのです。 第三に、警察官を被害者として描いていますが、事件当日東京で展開していた機動隊は市民を守るために警備を行っていたわけではありません。基地と戦争に反対し、自らの力で社会を変革しようと立ち上がった沖縄と全国の人々の決起を弾圧するために全国から集められたのです。それはペテン的沖縄返還協定を批准しようとする当時の自民党佐藤政権を守る行動でした。犠牲となった中村巡査を一般的な被害者として描くことは、真実から目を背ける行為です。 渋谷闘争に関連して「殺人罪」で逮捕された7人は、物的な証拠が何一つない中、政治的にでっち上げられました。デモ参加者への違法・無法な拷問的取調べの数々は、故星野文昭さんの裁判などで暴露されています。大坂さんの裁判は、国家権力のでっち上げを全面的に暴く闘いであり、検察官=国家権力との激しい攻防が現在進行形で闘われています。私たち大坂正明さん救援会は、公判開始前に大坂さんを有罪と断ずる毎日新聞の報道姿勢を徹底弾劾します。半世紀も前の事件で起訴した異常性、物証のないでっち上げ裁判と徹底的に闘い、必ず無実の大坂さんをとり戻す決意です。 大坂正明さん救援会、星野さんをとり戻そう!全国再審連絡会議、沖縄と連帯し星野文昭さんを救う会・山形、三多摩星野文略さんを救う会、千葉・星野文昭さんをとり戻す会 以上5団体の抗議文を一括して掲載します。PDF-ここをクリックして下さい |