大坂正明さん救援会

71年 11・14沖縄闘争に対する政治的デッチ上げ
大坂正明さんは無実です

連絡先 大坂正明さん救援会          
〒105-0004  東京都港区新橋2-8-16 石田ビル4F
電話03-6822-5049(杉浦) faX 03-3591-8226 
Email:oosakaqen@yahoo.co.jp  


大坂救援会通30号-03(230401)
大坂救援会通30号-01(230401)
接見禁止決定の延長を許すな!救援会が街宣と申入行動(2023年2月28日 東京地裁正門前)
 救 援 会 スケジュール 

大坂正明さんを直ちに解放しろ!
東京地裁申入行動

4月18日(火) 正午~13時
東京地裁前街宣街宣後、申し入れ行動


5・28星野さん獄死4周年
全国集会

5月28日(日) 小松川区民館

主催 星野さんをとり戻そう!全国再審連絡会議
 


革命家抹殺狙う超長期勾留・
接見禁止打ち破ろう

 東京地裁刑事第4部(高橋康明裁判長)は3月7日、この日までが期限であった大坂正明さんに対する接見禁止を4月24日まで延長する決定を行いました。大坂さんの未決勾留と接見禁止はもう6年に及ぼうとしています。まったく理由がないにもかかわらず、裁判が始まってなお1~2か月単位で禁止決定を小出しに延長する、実に卑劣なやり方です。東京地裁は裁判に名を借りた拷問をやめよ!
 救援会は2月28日、1千筆を超える署名をもって東京地裁に申し入れを行いました。対応に出た訟廷管理官も「これほど長期の接見禁止は聞いたことがない」と答えざるを得ない異常な状態であるにもかかわらず、接見禁止は継続されました。あからさまな革命家抹殺攻撃を許さず、裁判所に対して私たちの怒りを爆発させよう。4月18日、再度東京地裁に申し入れを行います。ご参集ください。

戦争進める岸田打倒し大坂さんとり戻そう!
 岸田首相は3月21日、戦時下のウクライナを訪問しゼレンスキー大統領と会談、露骨に参戦を狙っています。直前の18日には沖縄・石垣島にミサイル基地を作り弾薬も搬入。中国侵略戦争を具体的に進めています。戦争絶対反対の闘いを強めよう。
 大坂さんは1971年11月、沖縄人民との連帯をかけて渋谷暴動闘争に立ち上がりました。戦争を進める自国政府を労働者民衆の実力闘争で打倒する安保粉砕・日帝打倒の闘いの高揚は国家権力を恐怖させました。
 不屈に闘い抜かれる大坂さんの裁判闘争は、国家権力と正面から激突し打ち倒す反戦闘争の最先端です。岸田を倒し、大坂さんを取り戻そう。

5・28星野・大坂集会へ
 2、3月の裁判は、供述調書の信用性をめぐり権力を圧倒する勝利をかち取っています(2、3面参照)。追い詰められた権力のあがきが、大坂さんへの接見禁止の延長です。年初の顔面神経麻痺の治療の反動で、大坂さんはぜんそくが悪化しています。すべて接見禁止が原因です。しかし裁判官は、法廷で苦しそうに咳をする大坂さんを見て見ぬふり。本当に許せない!
 袴田事件の再審開始も、ベトナム人技能実習生リンさんの最高裁での逆転無罪判決も、大衆的な力で権力を追い詰めました。大坂さんを取り戻す力は、法廷闘争と一体で裁判所を包囲してたたかう労働者人民の怒りの実力闘争にこそあります。
 年内にも結審が予想される大坂裁判の勝利へ、傍聴闘争に総決起しよう。5月28日、星野・大坂集会に集まろう。




 第12~14回公判(2月6、7日、3月6日)

 年明けからの裁判は、当時の供述調書の信用性をめぐる攻防に焦点が移りました。
 昨年の闘いで検事側証人として出廷したデモ参加者らが「大坂さんとは初対面」「供述調書は検事の作文」と決定的な証言をしました。また、「大坂さんを見た」という供述を維持したAR証人は、大坂さんと面識を得たとする供述の内容が大きく変遷するなど、法廷証言に何の信用性もないことが明らかになりました。打撃を受けた検察官は「昔のほうが記憶が鮮明だった」として過去の公判証言や供述調書を証拠申請したのです。その採否判断を前に、第12~14回公判は、供述調書の信用性をめぐり弁護側と検事側の心理学者が法廷で激突しました。

厳島教授が「これは作られた記憶だ」と断言
 第12回公判で証言台に立った厳島行雄先生(人間環境大学教授)は、自民党本部火炎戦闘裁判など数多くの裁判で権力のでっち上げを暴いてきた目撃証言研究の第一人者です。厳島先生はまず人間の記憶のメカニズムについて「符号化、貯蔵、検索の段階があり、出来事の経験を取り込む符号化には目撃者にかかわる要因と出来事にかかわる要因とがある」と解説。その要因を大坂さんについて供述したARらの調書に具体的にあてはめて分析し、①目撃対象が複雑であり、焦点化が困難であったこと、②供述者らが興奮状態にあり記憶力が低下していたと認められること、③機動隊の暴力と対峙しており、殴打場面を冷静に目撃し記憶する余裕がなかったこと等を明らかにしました。
 さらに記憶の貯蔵段階について、目撃から取り調べまでの期間が長く忘却が進んでいることを指摘し、検索(想起)段階においては厳しい取り調べで繰り返し捜査官から情報提供され、記憶の汚染が明らかなこと(事後情報効果)、突然内容が詳しくなるなど不自然な点が数多く見受けられること等をあげ「供述は真実の記憶に基づかないもの」であると明快に断じました。
 さらに大坂さんに関する供述や証言が二転三転するARについて「自らの記憶が正確かどうかを検証するソースモニタリング能力が欠けている」と指摘。「事後情報は種類を選ばない。本人がそうだと思えば、自分が間違った情報を取り込んだことにも気が付かない」「自分を正当化するために話を作ってしまう(コンファビュレーション)人は一定数いて、聞かれるたびにいろんなことを言ってしまう。だから話に一貫性がない」とARを根底的に弾劾しました。
 証人の具体的でわかりやすい説明に、検事は一般論でケチ付けを試みましたが、そのために準備した学術論文の誤りを指摘されて完全に沈黙しました。

「大坂の写真特定」は権力のでっち上げだ
 第13回公判は、群馬の学生らが大坂さんを「特定」した写真面割が権力の強制であることが争われました。群馬の学生らは面識のない大坂さんの単独写真を示され、名前を教えられて「供述」を行っています。
 駿河台大学元教授の原聰先生は、大坂さんを特定した人物識別手続きが「単独面通し」と呼ばれる著しく公平性にかけたものであること、供述者に対して捜査官が「大坂」の名を「被疑者」として教えるなど強い誘導が疑われ信用できないことを暴きました。2人の証言を通じてでっち上げ調書が作られる過程がますます鮮明になりました。

科警研部長は供述調書も読まずに出廷し、大破産
 単独写真面割というデタラメな捜査をどうにか取り繕いたい検事は、「既知の人物であったから面割手続ではない」とか、「事前に多くの写真を見せられ、そこから選んだ可能性がある」というとんでもない言い訳に活路を求めました。第14回公判に出廷した検事側証人=警察庁科学警察研究所(科警研)犯罪行動科学部長・渡邉和美は、「弁護側証人は一般論として正しいが、本件の特殊性に踏まえていない」「既知の人物に対する目撃証言は信用できる」と、予断と偏見に満ちた権力の視点で弁護側立証へのケチ付けを試みました。
 しかし「なぜ既知といえるのか」と具体的に供述調書を示して鋭く追及する弁護団に追い詰められ、「検事に聞いた」「供述調書は読んでいない」と証言。供述調書も読まずに供述分析を語る自称心理学者の化けの皮は剥がれ、大破産しました。

署名も指印もない調書の採用求め科捜研があが
 第13回公判では署名も指印もない供述調書についても争われました。第9回公判で検事側証人から「自分のサインではない」と捏造を指摘され驚愕した検事が、裁判に出すことすらはばかられるレベルのデタラメ調書を「署名をしたと思われる筆圧痕がある」(科捜研)とか「当時の調書の作り方として不自然ではない」(元公安警察幹部)と言いつくろって証拠採用を目論見ましたが、完全に粉砕しました。
 でっち上げを重ねるでたらめ法廷を許さず、裁判は検事側立証を圧倒して進んでいます。



 第15~16回公判(3月7、9日)

 「星野、奥深山、大坂が死亡した警察官を殴打していた」とするでっち上げ供述調書を多数作成した当時の取調検事・中津川彰の証人尋問が第15回公判で行われました。体調不良を理由に1月の公判に不出頭だった中津川ですが、弁護団・支援の強い怒りに追い詰められ、ついに法廷に引きずり出されました。

違法な取調を「正義」と開き直った中津川
 検察官は「中津川元検事は高齢であり、事件に関して何も覚えていない」と主張し、星野裁判での公判調書の採用を求める策略でした。中津川もこれに乗っかり、自らの年齢さえ大きく間違えるほどでしたが、弁護団の反対尋問に追い詰められ、次第に本性をむき出しに開き直り始めました。
 父親が取調室でARを殴りつけ、それをきっかけにARが供述を始めたことに対し、「公安部の検事としてARの人間性を立ち直らせたと自信を持った」「こういうおかしな人間に対して、まともな人間にさせるために検事になった。ARを反省させられた」と暴力的な転向強要を自慢。黙秘権を侵害する違法行為ではないかと弁護団に詰め寄られると「考えないね、そんな」「おかしいじゃないかというが、これは僕の人間性。ARのため、ARの父親のため」と開き直りました。検察庁で取り調べるのではなく、自ら警視庁地下取調室に出向き、警察の調べに続いて深夜に取り調べを行ったことを「サービスだ」と主張するなど、拷問的取り調べの実態とでっち上げを是とする国家権力の本性が中津川の証言を通して赤裸々に暴かれました。
 もっとも許せないのは、弁護団がこうした拷問的取り調べの実態を具体的事実を突き付けて追及するや逆切れし、大坂さんに対して「正義の味方の中村巡査が殺された。生きていること自体が、正義の味方として私の正義感が許さない」と暴言を吐いたことです。無実の星野さんや大坂さんをでっち上げておきながら、何たる言い草でしょうか。でっち上げの下手人=中津川を絶対に許さないぞ!

M証人が中津川のでっち上げ手法を厳しく弾劾
 第16回公判は、中津川にでっち上げ調書を作られたMさんが証人として出廷しました。  青年労働者だったMさんは社会の矛盾を感じ、中野社研で学習会を重ね、反戦青年委員会の仲間と11・14闘争に参加しました。翌年1月に事後逮捕され黙秘しますが、最大で1日18時間に及ぶ拷問的取り調べを受け、意識がもうろうとする中、でたらめな供述を強要されました。
 証言台に立ったMさんは「黙秘が認められず、拷問的取り調べをうけ、うその証言をさせられた。知らない人を、捜査官に言われるまま認めた。信念を曲げて供述してしまい、今でも悔しい。無実のKさんに迷惑をかけ、50年間いつも負担だった」と涙ながらに訴えました。厳冬の1月に取調室の窓を開けっぱなしにされたり、わざと手錠を外さないといった拷問の実態や、知らない人を特定する「写真面割」のでっち上げ手法が法廷で暴露されました。
 両日とも、権力への心の底からの怒りがあふれる証人尋問でした。傍聴していた若者が「見ごたえがあった」と興奮して友人と語り合うなど、権力のでっち上げは完全に暴かれました。



 第17~20回公判(3月13~23日)

前代未聞の無音の法廷
公開原則に反する「秘匿証人」取調べ
 第18回公判は第8、9回公判に「秘匿証人」として出廷したデモ参加学生AとCの、検事調べの録音録画の取り調べが行われました。大坂さんが逮捕された2017年、事件関係者として検察官に呼び出されて事情聴取を受けた際の、受け答えの様子を法廷で確認するものです。
 5年前の検事調べでは、Cは大坂さんについて写真を示されながらも「全く知らない」と答えており、Aは録画が中断した後、突然大坂さんに関する不自然な供述を始めるもので、昨年の公判で弁護士が追及した点を確認する意味もありました。
 しかしながら法廷では、秘匿証人であることを理由に傍聴人には画像も音声も示されません。イヤホンをしてモニターを見つめる裁判官・検事・弁護人と大坂さんをひたすら見つめるだけという、前代未聞の無音の法廷となりました。詰めかけた傍聴人のほとんどは事態がつかめず、途中退席してしまいました。こんな法廷があってたまるか!
 第19、20回公判はARとAOの星野さんらの裁判での証言の取り調べ(調書読み上げ)が行われました。昨年の証人尋問で追い詰められた検事が、「昔のほうが記憶が鮮明で信用できる」と証拠採用を求めたのです。供述の信用性を巡り、裁判は新たな段階に突入しました。大坂さん奪還へ、力を合わせ闘おう。


大坂裁判傍聴記                                                            
大坂さん奪還へ、私たちの怒りで裁判所を包囲しよう
                    多摩連帯ユニオン 加納敏弘さん

 大坂裁判傍聴しました。私は今回、初めて傍聴席に入れました。あの指名手配写真に励まされ続けたご本人が目の前数メートルのところにいるのは、感動でした。
 それにしても本当に怒りに耐えないのは、裁判所の反動的な対応です。傍聴に入る際に手荷物検査を受けましたが、まるで傍聴者を犯罪者扱いしていますよ。それに女性の検査を男性職員がやっている! みんなで抗議するべきではと思いましたね。
傍聴席についてから驚いたのは、大坂さんが入廷する際に、裁判所職員がずらっと傍聴席とその前の柵の間に並んだことです。まるで私たちが大坂さんを連れ去るのを阻止するかのように。裁判が始まったらさすがに彼らは退きましたが、裁判中職員は傍聴者を監視していました。それほどまでに彼らは、この弾圧の不正義性を自覚しているのです。
 一瞬ですが、私の方を大坂さんが向いてくれました。私は会釈しましたが、……。
 裁判の内容は、星野裁判での検事側証人AOの証人尋問の読み上げでした。「公判では星野さんに申し訳ないという気持ちから、取調調書はでっち上げだった」とAOは言っているのですが、検事はそれを逆手にとって、「だから事件直後の供述は信用できる」としているのです。私たちは、厳島鑑定など有力な武器を手にしています。しかし、本当に大坂さんを奪還するために必要なのは、裁判所を怒りで包囲することでしょう。
 大坂さんは手錠をかけられ、腰縄姿で私たちの前に現れました。しかし本当に監獄にぶちこまなければならないのは元検事の中津川であり、国家権力です。
 もっともっと、傍聴に参加し、大坂さんと「面会」しましょう。


無罪奪還へ総決起しよう
5・28 星野・大坂集会へ

 沖縄闘争を闘い、44年間の獄中闘争を非転向で闘いぬいた星野文昭さんが獄死してから4年。いま世界は米・NATOによるウクライナを戦場とした対ロシア・中国侵略戦争が、世界戦争への坂を転がり落ちるように泥沼化しています。岸田政権は具体的な戦争準備を進め、沖縄ではミサイル基地建設・弾薬搬入が急ピッチで行われています。いまこそ反戦闘争で社会を変革するときです。
 この戦時下で闘いぬかれる大坂正明さんの裁判は、岸田政権と真っ向から激突する闘いです。裁判は供述の信用性をめぐる新たな段階に突入し、権力との完全な力勝負となっています。5月からは弁護側立証、そして免訴をめぐる争いに突入し、年内にも判決が予想されます。
 大坂さんの無罪奪還、星野・大坂闘争の勝利にとって、非常に重要な局面を迎えています。力強く傍聴闘争を闘おう。5月28日、星野・大坂集会に集まり裁判勝利にむけて総決起しよう。 無罪奪還へ総決起しよう

大坂救援会通30号-02(230401)
実力闘争で闘い続ける三里塚(2月15日 成田市天神峰)。
強制執行阻止闘争で逮捕された3学生を不起訴奪還、弾圧を完全粉砕した

大坂正明さんの公訴棄却を求める
署名にご協力下さい

署名用紙はこちらからロードして下さい


大坂救援会通29号(230201)完成版-01
大坂さんの解放求め、霞が関をデモ(2023年1月12日 東京地裁正門前)
 救 援 会 スケジュール 

大坂正明さんを直ちに解放しろ!
東京地裁申入行動

2月28日(火) 正午~13時
東京地裁前街宣街宣後、申し入れ行動

 1月12日、大坂救援会は東京労組交流センターとともに大坂さん奪還の裁判所包囲・霞が関デモを闘いました。1月の裁判は、10日の第11回公判に証人の中津川彰(でっち上げ調書を多数作成した当時の取調検事)が健康上の理由で出頭しませんでした。このため12日に予定されていた裁判が中止になりましたが、支援の仲間たちは大坂さんとの団結を誓い、予定通り霞が関で元気よく声を上げました。

 大坂さん即時解放を求め闘いを強めよう
 昨年12月23日、東京地裁刑事第4部(高橋康明裁判長)は、大坂さんに対する接見禁止を今年3月7日まで延長する決定を行いました。本当に許せません。
 大坂さんは新年冒頭に顔面神経麻痺を発症しました。1月10日の裁判に出廷した大坂さんは、顔の右半分が動かない状態で、顔が歪んでしまっていました。マスクをしているため傍聴席からは分かりにくかったのですが、接見でマスクを外した姿を見た弁護団は驚き心配しました。それでも大坂さんは「大丈夫」と言って裁判を堂々と闘いました(23日頃から回復の兆しが現れたと報告してきています)。
 73歳の大坂さんが接見禁止された上に寒い独房で5年半も勾留されていることが一切の原因です。東京地裁は大坂さんを解放しろ。接見禁止を解除しろ。大坂さんの命と健康を守れ!
 大坂救援会は2月28日、大坂さんの解放と接見禁止の解除を求め、東京地裁に対する申し入れ行動を闘います。大坂さん解放署名をもっともっと集め、裁判所に提出しよう。大坂さん解放を求める申入書を団体や個人で作り、裁判所に強く迫ろう。東京拘置所や裁判所の非人間的対応を許さず、私たちの闘いで身柄の解放、接見禁止の即時解除を実現しよう。


 反戦闘争を強めよう
 昨年末に閣議決定された安保3文書は、日本が戦争国家に大転換することを内外に宣言するものです。念頭から岸田はG7議長国として欧米各国を訪問し、新たな軍事同盟を約束したり、米日が一体で中国侵略戦争をやることを確認しました。
 激しい軍事訓練やミサイル配備が続く沖縄では、「沖縄戦を繰り返すな」との民衆の怒りが噴出しています。戦争をするための軍拡、大増税が行われようとしていることに対し、全国で反対の声が高まっています。沖縄をはじめ全国の民衆と連帯し、戦争そのものに反対する闘いを強めよう。沖縄闘争弾圧と闘う大坂さんと団結して闘おう。
 2~3月の大坂裁判は、心理学者が供述調書に信用性がないことを明らかにします。でっち上げ調書の証拠採用を許さず、大坂さんを取り戻そう。


第11回公判(1月10日)             
 中津川彰(元検事)が不出頭
供述調書めぐる攻防続く

 1月10日、今年最初の大坂裁判が開かれました。検察側立証としてデモ参加学生の証人尋問は昨年で終了し、裁判は「供述調書の信用性」をめぐる攻防に移りました。そのトップバッターこそ、数々のでっち上げ調書を作り上げた当時の取調検事・中津川彰の証人尋問でした。

でっち上げの下手人
 中津川は1936年生まれ。61年3月検事任官、71年3月東京地検公安部に配属。東京法務局長や札幌地検検事正などを経て93年7月には最高検察庁総務部長検事にまで上り詰めました。
 渋谷闘争弾圧では群馬の学生であったAO(高崎経済大)、OT(同)、SB(同)、AR(群馬高専)の取り調べを担当し、「星野、大坂、奥深山が死亡した警察官を殴打していた」という供述調書をでっち上げました。暴力や脅迫を駆使した拷問的取り調べの手法は、「当初黙秘を続けていたが、中津川検事の取り調べ中に取調室で親に殴られたことで心が折れ、供述を始めた」というAR(当時17歳)や「前進社に入ってスパイになれと言われた」というSBの公判証言からも明らかです。
 中津川は検事退官後に弁護士登録しましたが、2015年に弁護士職務基本規定違反、および弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当するとして横浜弁護士会から懲戒処分(戒告)を受けた、本当にでたらめな人物です。

中津川の悪行許さない
 この日も早朝から傍聴券を求め、全国から多くの支援の仲間、労働者民衆が裁判所に詰めかけ、抽選が行われました。星野救援会の仲間は、「中津川は絶対に許さない」と大坂裁判に期待を込め法廷で待ちました。ところが当の中津川は体調不良を理由に不出頭。この日の裁判は中津川と同じく取調検事だった福江馨(故人)の星野控訴審での公判調書の採用手続、調書読み上げに変更されました。また、弁護側証人として次回法廷に立つ予定だった反戦派労働者M氏の証人尋問も延期され、1月12日の公判期日が取り消されました。
 11・14渋谷闘争に参加したM氏は中津川の取り調べを受け、面識のない労働者K氏(デモに参加していない)の「写真特定」を強制されました。M氏の供述調書を根拠に逮捕・起訴されたK氏は渋谷闘争弾圧を統一公判で闘い抜き、1978年に無罪をかちとりました。私たちは、でっち上げの下手人・中津川の悪行を決して許すことはできません。大坂裁判でその不当性を暴き、必ず責任を取らせます。
取調検事(故人)は裁判でも嘘を重ねた
 福江はIT(高経大)の取り調べを担当した副検事です。第10回公判でITは「自分は黙秘しなかった。覚えていることは初期の取り調べで全て話したが、途中から『大坂がいただろう』と執拗に責められ、認めてしまった。『思い出すことに成功しました』との記述に始まる検面調書は一方的に作られたもので、判を押しただけ」(証言要旨)と法廷で検事を弾劾しました。
 この日法廷で読み上げられた公判調書で明らかになったのは、星野裁判でITの告発にしらを切る福江の許しがたい姿です。「ITの取り調べで苦労したことはない」「自発的に話したのを調書にしただけ」「警察の調書は重視せず、自分が主導して取り調べた」と拷問的取り調べを否定し、嘘を重ねたのです。こんなデタラメな公判証言が「証拠採用」されてたまるか!

次回は心理学者が証人出廷しでっち上げ暴く
 2月の大坂裁判は弁護側証人として2人の心理学者が登場します。厳島行雄先生(人間環境大学心理学部長 教授)は供述調書の記載内容を人間の記憶のメカニズムから分析し、供述調書に書かれたことが真実の記憶に基づかないものであることを明らかにします。
 原聰先生(元・駿河台大学心理学部教授)は、大坂さんを特定した写真面割手続きはデタラメで、写真特定に信用性がないことを明らかにします。
 機動隊と対峙し、警察暴力を打ち破って闘いぬかれた渋谷暴動闘争は、警察の催涙弾とデモ隊の火炎びんが飛び交う騒然とした雰囲気の中での闘いでした。闘争に参加して間もない未成年の学生らに、事態を落ち着いて観察できた者などいません。まるでビデオテープを再生するかの如く記された供述調書は「取り調べで作られた記憶」に他なりません。そして大坂さんの写真を単独で示し名前を教える、繰り返し大坂さんを含む写真を提示して説明を求める等の取り調べは意図的な供述の強要であって、写真面割手続として著しく不当です。何より、群馬の学生らは千葉の大坂さんと何の面識もなかったのです。「大坂さんとは初対面」(第7回公判でのAO証言)、「供述調書は検事の作文」(第10回公判でのIT証言)、これが真実です。
 でっち上げ供述調書の証拠採用を許さず、裁判に勝利しよう。


中国侵略戦争阻止、G7サミット粉砕
実力闘争で情勢切り開く
                    全学連・渡辺さん
大坂救援会通29号(230201)完成版-02
    改憲・戦争阻止!大行進とともに国会開会日闘争を闘う全学連
 今年は年始早々、闘争に続く闘争の年となっています。前年比26パーセント増もの大軍事予算案と60もの政府提出の反動法案が狙われる通常国会開会に合わせて、国会前闘争が闘われました(1月23日 左写真)。三里塚では年末4日間決戦をうち抜いた高揚感に浸る間もなく、日々の座り込みが今日も闘われています。右翼が大挙して押し寄せるなか、杉並では1月29日の選挙総決起集会が地元住民を大結集してかちとられました。全学連はこれらの闘いの先頭に立ち闘いぬいています。

 絶対反対で闘う潮流が階級闘争の帰すう握る
 これら一つ一つの闘いの中で感じるのは、米日による中国侵略戦争準備、対中挑発が凄まじい勢いで進められているということです。特に杉並の選挙集会では、右翼の街宣車が全国から何台も押しかけ(神戸ナンバーもいたそうです!)ものすごい轟音でがなり立てていました。一地方区議の選挙集会にこんなにも多くの右翼が来るのは前代未聞のことだと思いますが、それだけこの情勢で革命的・反戦派議員が恐怖されているということ、裏を返せば他の多くの体制内勢力が屈服しているということでしょう。
 情勢はまさに大決戦です。ウクライナ戦争開戦からまもなく一周年を迎え、労働者・学生の戦争とそれに付随する物価高への怒りはますます高まっています。しかし自民から日共までの全ての国会内勢力が完全に繋がり、大政翼賛会と化しています。民衆の怒りを束ね、爆発させていく存在は私たち階級的労働運動潮流以外に消滅してしまっています。私たちが日本階級闘争の帰すうを握っているのです。
 そのような23年決戦の最大の焦点となっているのが、広島で行われるG7サミット粉砕闘争です。反戦反核の大拠点・広島で戦争会議をすることなど絶対に許せない! 岸田政権はオール広島を演出し、G7を中国侵略戦争へのステップとして成功させようとしていますが、だからこそG7サミット絶対反対の闘いを岸田の墓穴に転じることは完全に可能です。


 民衆の怒り体現する実力闘争で弾圧を打ち破ろう
 全学連は一昨年の五輪開会式粉砕闘争を皮切りに、労働者・学生の手に暴力を取り戻す、実力闘争の復権を一大テーマとして闘い続けてきました。そして、「おしゃべり小屋」の議員に任せるのではなくて、自分自身の力で労働者・学生の怒りを体現する実力闘争に多くの人々が共感を寄せています。多くの人々が実力闘争に立ち上がる中で、労働者・学生の実力闘争を担保し、守り抜く救援の闘いの重要性はますます増しています。1人が逮捕されたら、2人も3人も立ち上がるような闘いに対して、権力はもはや手を出すことはできません。大坂裁判はそれを権力に見せつけるという意味でも非常に今日的な闘いだと思います。大坂さんの接見禁止粉砕・即時奪還、G7サミット粉砕へ! ともに闘いましょう。

広島で不当逮捕、東京でも家宅捜索
G7サミット弾圧許さない!
大坂救援会通29号(230201)完成版-03
   広島の仲間からの年賀状
 1月24日、広島県警は反戦闘争の先頭で闘うAさんを「免状不実記載」容疑で不当にも逮捕し家宅捜索を強行しました。  岸田が大軍拡を施政方針演説で打ち出した通常国会開会の翌日のことであり、5月に迫るG7広島サミットに向けた予防弾圧にほかなりません。Aさんは広島と実家を行き来しながら広島で闘いに取り組んでいました。このことを犯罪にでっちあげたのが、今回の容疑です。1月26日には東京の前進社にも家宅捜索を強行しました。  大軍拡を進める岸田政権への労働者民衆の怒りが高まり、G7サミット反対の闘いが巻き起こることを権力は恐れています。広島サミット粉砕の闘いを強化し、Aさんを取り戻そう!


無実の須賀武敏さん解放求め 横浜刑務所申入行動
          迎賓館・横田裁判の完全無罪をかちとる会 内藤雄二
大坂救援会通29号(230201)完成版-04

 1月20日、今年最初の横浜刑務所申入行動を闘いました。21人が結集し、中国侵略戦争が火を噴く「新たな戦時下」に、刑務所の戦争に向かっての反動的転換を許さない獄内外一体となった闘いとしてかちとりました。
 今回は、①須賀武敏さんの東日本成人矯正医療センターへの移監と腰部MRI検査の即時実施、②使い捨てカイロの供給ストップは許せない、③須賀さんの刑の執行を直ちに停止し、外部医療機関による検査と治療を行え、をかかげて闘いました。

 一つ目は、2年半も前に須賀さんの移監を当局として決定しておきながら、突然「そういう決定はしたことはない」とウソをついて開き直ってきたことを徹底弾劾しました。二つ目は、横刑当局は納入業者のカイロ在庫がなくなったと言って、12月に入って受刑者が購入できない状況を生起させました。「市中での供給もひっ迫しているので、我慢しろ」などと受刑者にウソまでついて強要したのです。1月中旬にようやく受刑者の手元に届くようになりましたが、厳寒の獄中では命に関わる問題です。皆で厳しく詰め寄りました。  申し入れに対する当局の対応は一方的なもので、最近は私たちの話を聞く姿勢すら見せません。戦時下を象徴する抑圧的な当局に対し、受刑者の命と健康をないがしろにすることは許さないという強い気持ちで今年も粘り強く闘っていく決意です。
大坂正明さんの公訴棄却を求める
署名にご協力下さい

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大坂救援会通28号-01(230101)
星野闘争・大坂闘争の歴史的勝利へ団結固めた11・27集会(2022年11月27日 星陵会館)

 救 援 会 スケジュール 

大坂裁判勝利!東京地裁包囲デモ
1月12日(木) 正午
日比谷公園霞門集合~デモ



新 年 に 向 け て
  【通信58】2022年12月4日付 大坂正明

 私の裁判に全国から多くの方が傍聴闘争に馬区け付け、支援の声も数多くいただいてい ます。こうした全てに感謝しています。
 私の裁判では、証人の「覚えていない」との答えが繰り返されています。検察はそれを盾にして、取り調べ時の調書が最も事実に即しているという結論に持ち込もうとしています。
 今回、私の裁判で「初対面だ」「今日の供述が正しい」と勇気をもって証言してくれた方がいます。不当なでっち上げへの怒りは決して忘れることはありません。星野さんの無念を晴らすためにも、でっち上げの上塗りを許さず、勝利にむけ闘います。
 1971年11月闘争は、その全体について評価することはできても、参力□者個々人の行動を明らかにすることなど、そもそも不可能です。裁判など成立するはずがないにもかかわらず強行されているのです。
 その理由は、すでに多くの方が喝破しているように、51年前の闘争を裁くというより、今日の政府権力の政策に応えるためにほかなりません。それは一言で言えば、中国侵略戦争に向けた戦争政策の一環だということです。
 現在岸田政権は、ウクライナ戦争を利用しつつ、軍事費をGDP比2%へと倍増し、軍備面では、敵基地や指令拠点を攻撃するミサイル基地網や迎撃ミサイル網の建設、そして最新鋭兵器への更新と新兵器開発など、軍事に直結した様々な攻撃に突き進んでいます。こうした攻撃は実に恐るべきものです。
 同時にあらゆる分野において戦争政策が貫かれています。その基軸は改憲と治安攻撃の強化であり、戦争反対派を一掃して、挙国一致の総動員体制を作りあげようということです。
 もちろん司法界・裁判所も無禄ではありません。最近の裁判に限ってみても、憲法を無視した関生支部弾圧によって労働運動・労働組合の破壊を画策したり、三里塚では市東さんの農地の強制収用を認め、さらには全学連国賠訴訟ではペテン的論理で逆転判決を下しています。こうした攻撃は全て反戦運動・階級的労働運動を壊滅しようというものです。
私の裁判もまざれもなくその一環です。そうした裁判所・検察の強い意志を、私自身法廷で感じています。
 私の裁判では、裁判自体の勝利も重要ではありますが、それ以上に反戦派・階級的労働運動派の団結を、この裁判をテコとしてよリー層固め、戦争政策との闘いを強化していくことが最も重要だと思います。反戦闘争の最先頭に立つ沖縄民衆や三里塚農民と固く結び、あらゆる戦争策動と闘いぬきましょう。
 私の裁判は今年中には判決が出されそうです。スケジュールは非常に厳しいものがありますが、全力で皆さんの支援に応えたいと思います。裁判に勝利して皆さんの前に凱旋(がいせん)する日を楽しみにしています。

2023年 年頭あいさつ
    2023年大坂裁判勝利の道すじ   大坂裁判弁護団 西村正治弁護士
 大坂正明さんの無罪を勝ち取る裁判は、2022年10月25日に開始され、これまでに10回の公判が行われた。警察官5人とデモ参加者5人の計10人の証人調べが行われ、検察官側証人立証の大部分が終了した。しかし、その中で、現場で大坂さんを見たというゆがんだ記憶を表明したのは1人のみで、残りの検察官期待の証人たちは「知らない人」「見ていない」と明言した。また、亡くなったデモ参加者1人の星野裁判での証言調書の取り調べが行われたが、その人も現場で大坂さんを見なかったことが確定している。

供述調書の採否が焦点
 裁判の次の焦点は、証人になったデモ参加者らの1972年当時の供述調書の採否をめぐるたたかいである。これらの調書が証拠とならなければ、検察官の主張は完全に破綻だ。2023年1月から3月にかけて、この調書採否をめぐるたたかいになる。1月10日から、取調べ検察官だった中津川彰に対する追及を行う。中津川は、取調室で少年たちを脅しつけ圧力をかけて、捜査方針に沿った大量の供述調書をねつ造した公安検事であり、その功績から最高検の部長にまでのぼりつめた男である。
 中津川は、取調室で黙秘を続ける当時17歳の少年を父親に殴らせて供述を引き出した事実がある。また、あるデモ参加者は、中津川から虚偽の目撃証言を強要され冤罪を作ってしまった(後に無罪確定)。弁護側証人で明らかにする。そして、目撃者の供述調書の問題について、弁護側証人として、2人の心理学者から証言をいただく予定である。
 供述調書をめぐる攻防のあと、5月ころから満を持した弁護側証人の立証に入る。勝利の展望は開かれている。2023年、大坂さんの無罪獲得に向けて進撃しよう。

    大坂さん奪還の歴史的勝利へ   大坂正明さん救援会事務局長 小泉義秀
 10月25日から開始された裁判闘争は10回の公判を闘いぬき、連綿として継続している沖縄闘争・反戦闘争、階級的労働運動の闘いと一体となって、歴史的勝利を勝ちとった。
 12月23日の夜のTBSテレビは「当時、デモに参加したグループの1人が『大坂正明被告は殺害現場にいなかった』『検察官や警察官によってウソの供述調書にサインをさせられた』などと証言しました」と報じた。大坂さんは無実・無罪だという心証が記者の中で形成されてきている証左だ。
 私自身は第1回、第3回、第4回、第5回、第10回の5回の公判を傍聴したが、この裁判は勝てる! 大坂さんの無罪を勝ち取ることは出来る! という確信をもった。第4回公判のSB証人は死亡していて、2人の検察官が聞き手と証人の立場で交互にSBの公判調書の抜粋を読み上げるという芝居がかった法廷であったが、でっち上げの過程が浮き彫りになった。星野文昭さんが法廷で質問した調書も朗読され、星野さんがどのような裁判闘争を闘い抜いてきたのかを垣間見ることもできた。大坂裁判の勝利は星野再審にも直結していることを痛感させる法廷であった。第10回公判のIT証人は「記憶にもないことを述べて申し訳なかった」と法廷で謝罪した。検察側立証の過程でありながら、大坂さんの無実がいろいろな場面で明らかにされてきた。
 日帝・岸田政権は12月16日に安保関連三文書を閣議決定し、中国侵略戦争に踏み込んだ。これを阻止する最大の激突点は沖縄であり、1971年11・14沖縄返還協定批准阻止の正義を貫く大坂裁判は米日帝の中国侵略戦争を阻止する最前線の闘いだ。
 2023年の最初の公判は1月10日。元検事中津川彰が証人として登場してくる。ここからが正念場だ。1月12日の地裁包囲デモを勝ち取り、2月に2回、3月に7回も入っている公判闘争の圧倒的な傍聴を勝ち取り、大坂さんの無罪・奪還を実現しよう! 
大坂さんへの年賀状紹介
今年もよろしくお願いします
大坂救援会通28号-03(230101)   大坂救援会通28号-04(230101)   大坂救援会通28号-05(230101)
大坂救援会通28号-06(230101)   大坂救援会通28号-07(230101)

第8~10回公判             
 供述調書は検事の作り話
 検事側証人が怒りの告発

 大坂正明さんの第8~10回公判が、暮れも押し迫る12月20日、21日、23日に開かれました(東京地裁刑事第4部高橋康明裁判長)。10月25日から始まった公判は年内10回を終え、検事側証人である主要なデモ参加者の尋問が終了しました。毎回多くの支援が傍聴に駆け付け、でっち上げを許さない闘いを大坂さんとともに繰り広げています。
 これまで10回の公判で明らかになったことは、検事は何一つ大坂さんの有罪を立証できていないということです。検事立証は崩壊した! ただちに大坂さんを解放せよ! の声を強め、2023年の裁判闘争も全力で闘いぬきましょう。

でっち上げ上塗り許すな
 12月20日と21日の第8、9回公判は、当時のデモ参加者が検事側の「秘匿証人」として登場しました。法廷はいつもの東京地裁429号法廷ではなく、ビデオリンク設備のある426号法廷。証人は別室からビデオで参加し、傍聴人にも、大坂さんにさえ姿を見せない異様な法廷でした。なぜデモ参加者が自らの名前すら明かさないのか。ここにも、被告人の防御権を侵害する戦時司法の正体が垣間見えます。でっち上げへの加担を許さない強い姿勢で弁護団が追及しました。
 ビデオリンクで登場した2人の証人は、当時東京学芸大3年生だったCと群馬のB大学1年だったA。ともに大坂さんとは何の面識もありません。今回検事はこの2人に、それぞれ「工学院大学で大坂を見た」「総括集会で大坂があいさつした」と証言させたり、「忘れた」として当時の供述調書の採用を目論みました。ところが、大坂さんと面識がないはずの証人たちに「大坂を見た」と言わせた調書ですから、どこで面識を得たのかが問題となりました。すると2人とも、供述調書にも、過去の裁判でも一言も言わなかった「エピソード」を語り始めたのです。でっち上げにもほどがある! 弁護団の追及に、証人たちは裁判前に検事から3~5回も呼び出され、打ち合わせをしていたことを白状しました。あきれてものが言えません。

供述調書サインねつ造
 検事は大坂さんと面識のないデモ参加者の供述をもとに「11月12日に工学院大学で大坂を見た」「工学院で見た男が機動隊員を殴打していた」「11月15日の総括集会で大坂がデモ隊を代表して演説した」、として大坂さんを起訴しました。しかし大坂さんは工学院大学に行っていません。大坂さんを工学院大学で見たという供述調書は、全てがデタラメです。
 でっち上げ調書の採用に持っていきたい検事は、署名も指印も存在しないAの調書に「署名の筆圧痕がある」から正式な証拠となりうると主張しました。ところが、同じ証人に別の調書を確認させると、「この署名は自分の筆跡ではない」と言うのです。そんなムチャクチャな調書を検事は証拠申請していたのか! ほんとうに前代未聞の裁判です。

証人がでっち上げ暴露
 12月23日に行われたIT(高崎経済大)の証人尋問は、検察立証の破綻をさらに決定的なものにしました。星野文昭さんの裁判から一貫して「見てもいないことを認めさせられた」とでっち上げ調書を告発してきたITの積年の怒りが爆発! 「現場で大坂さんなど見ていない」「大坂がいただろう、お前は隠している、隠しているならお前が(警察官殴打を)やったんだと責められ続け、私は陥落した」「供述調書はすべてでたらめ。検事の作文に判を押しただけ」と過酷なでっち上げの実態を暴露し、「大坂を見た」という供述調書の採用を目指そうとする検察官を激しく批判しました。
 検事はIT証人の怒りに気おされながらも「過去の裁判で『星野の隣に大坂がいた』といったではないか」と詰め寄りました。これに対しIT証人はきっぱりと「私の中に二つの映像がある。大坂さんがいないもともとの記憶と、大坂がいたと責められ続けて浮かんできた映像だ」と断言。デタラメな記憶が植え付けられていく生々しい過程が明らかにされました。
 第7回公判のAOに続き、ITも供述調書の内容を否定する決定的な証言を行い、検察立証は完全に崩壊しました。大坂さんは無実です。もはや大坂さんを拘束し続ける理由は何一つありません。

戦争と対決し勝利しよう
 追い詰められた国家権力は、接見禁止の期限を不当にも延長し、来年3月7日までとしました。まだ接見禁止が続くのか!
 22年12月は安保3文書閣議決定など、超重大な戦争情勢が一気に進行するなかで裁判がたたかわれました。沖縄闘争を闘った大坂さんを取り戻す闘いは、大軍拡・戦争国会と対決し、これを粉砕することと一体です。大坂さんとともに2023年、中国侵略戦争阻止の反戦闘争爆発させ、岸田政権を打倒しよう。大坂さんを絶対に取り戻そう。


大坂正明さんの公訴棄却を求める
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2021nenga
※ 大坂さんは接見禁止のため、手紙を直接届けることはできません。
救援会に届いた年賀状を事務局がまとめて裁判所に解除申請します。


12月15日(木)の公判は中止です。
証人が出廷できず期日が取り消されました。


 救 援 会 スケジュール 

大坂さん激励年頭行動
1月1日(日) 正午(予定)
小菅万葉公園(東京拘置所正門横)集合
宣伝カーで東京拘置所を周回します


大坂救援会通27号01-01
星野国賠勝利と大坂無罪奪還を訴える2つの横断幕を先頭にデモ行進(11月27日 東京・永田町)

 反戦・反核・反改憲を貫く大坂正明さんの裁判が、全国の皆さんの運動の力を得て力強く進んでいます。
 11月6日、東京・日比谷野音で開かれた全国労働者総決起集会には2200人が集まり、労働者の団結した力で新自由主義を終わらせよう、戦争・大軍拡・改憲を止めようと声を上げました。中国侵略戦争に突き進む岸田政権への労働者民衆の怒りは高まっています。その怒りを糾合し、社会の根底的変革に突き進む力が、この集会に集まった仲間の中にあふれています。
 集会で星野暁子さんが「大坂さんを取り戻そう」と力強くアピール。戦争の時代は弾圧の時代、これを打ち破って未来を切り開こうと皆で誓いました。

6回の裁判攻防に勝利
 裁判は11月25日までに6回の公判が行われ、多くの仲間が法廷で大坂さんと顔を合わせました。第6回公判には大坂さんの学友2人が傍聴に駆けつけ、千葉工大トリオが法廷に登場。大坂さんとの半世紀ぶりの再会ですが、互いにアイコンタクトで挨拶と激励がかないました。
 第4回公判は故人となったデモ参加者の、星野裁判での証人尋問調書が読み上げられました。「中津川検事は私に『スパイになれ』と言った」「奥深山さんだと断定できないと何度も取調べで言ったのに、断定的な調書が作られた」等々、生々しいでっち上げ過程が「検事の口から」語られる法廷となりました。
 第5、6回は「大坂さんが機動隊員を殴打していた」と唯一言い続けているデモ参加者ARの証人尋問でした。検察官の都合の良いように過去の証言を変えたり、「覚えていない」と繰り返したりとでっち上げに加担する証人に弁護団が鋭く反対尋問で切り込み、検事側立証を破綻に追い込んでいます。
 こんなデタラメな供述で大坂さんが弾圧されているのか!傍聴席には強い怒りと、裁判勝利への確信が溢れました。

三里塚と連帯し集会
 裁判闘争と一体で11月27日には星野全国再審連絡会議の主催で「星野国賠勝利・大坂さん奪還」集会が東京・星陵会館で開かれ、200人が集まりました。この日は三里塚で市東孝雄さんの農地強制収用を阻止する緊急集会が開かれており、大坂さんも「三里塚との連帯を強くする集会として盛り上げてほしい」と集会メッセージで訴えました。
 世界戦争と対決し、星野闘争と大坂裁判を一体で闘い勝利しようと、熱烈な訴えが続きました。大坂さんの親戚も集会に駆け付け、会場は万雷の拍手。星野・大坂闘争の勝利へ皆が気持ちを一つにしました。
 集会後、永田町から新橋まで元気にデモ行進しました。
 年内は検事側立証が続く、裁判の山場です。完膚なきまでにでっち上げを粉砕しよう。大坂さんと団結を固め、闘おう。 


第5、6回公判 AR証人のウソを暴く
大坂救援会通27号02
公判中も多くの仲間が裁判所前で大坂裁判勝利訴える(11月25日)

 東京地裁刑事第4部(高橋康明裁判長)で行われている大坂正明さんの裁判は、11月15日の第5回公判でAR証人の主尋問が、25日の第6回公判で反対尋問が闘われました。「大坂さんが機動隊を殴打していた」と言い、検察側のでっち上げの基軸となっているAR証人に対し、弁護側は鋭い反対尋問でこれを打ち破りました。
 裁判には全国から100人近い人たちが集まりました。抽選で20人程しか傍聴できませんが、傍聴できなかった仲間も裁判所前で街宣を展開し、大坂さんと一体となって闘いました。
 第6回公判には、千葉工業大学で大坂さんと共に闘っていた2人が九州から傍聴にかけつけました。傍聴席の最前列に座り、大坂さんと熱いエールを交わしました。「51年前の沖縄闘争を闘い、でっち上げられた大坂さんを絶対にとりもどそう」の声は、日毎に大きくなっています。

大坂さんと面識ないAR
 AR証人は、11・14渋谷闘争当時16歳の少年で、群馬工業高等専門学校の2年生でした。渋谷闘争に参加し、翌年に逮捕されました。当初黙秘していたが、警視庁地下取調室で、検事や公安刑事の目の前で父親から殴打されたことを転機に屈服し、警察・検察に迎合する供述を行い、星野文昭さん、奥深山幸男さん、大坂さんへの「殺人罪」でっち上げに加担したのです。
 第5回公判では、検察側主尋問が行われました。
 ARは大坂さんと全く面識がありません。検察側は以下のようなストーリーで、大坂さんをでっち上げようとしました。
  ①ARは渋谷闘争の2日前に、工学院大学で大坂さんを見た
  ②11月14日の渋谷闘争当日、小田急線の代々木八幡駅に降り立ったデモ隊は大向い通りを渋谷
  方面へ進み、神山派出所前で阻止線を張った機動隊と衝突。逃げ遅れた機動隊員に対してARの
  隣にいた男が飛び出して殴打。それを見て「工学院にいた男だ」と思った
  ③その先のシャッターの前で、その男性がデモ隊の何人かと共に機動隊員を殴っていた
というものです。

でっち上げは明らか
 第6回公判では、弁護人が反対尋問を行いました。
 ARは工学院大学で大坂さんを見たというが、大坂さんは工学院大学に行っていません。AR証言でも他の学生と話していたのを短時間、座って見たというだけです。何を話していたのか、工学院大学の何の部屋で、その部屋の構造はどうか、室内には他に誰がいて何をしていたのか、そもそもARは工学院大学に誰といつ行ったのか等の基本的な事実関係を全て忘れたと言うのです。にもかかわらず大坂さんがいたことだけは覚えているというのは不自然極まりなく、虚偽であることは明白です。  神山派出所前の場面も、これまでARは「工学院大学にいた男は、逃げ遅れた機動隊員を正面から殴った」と供述していました。それを今回「右に回り込んで殴った」と変更したのです。横顔が見えたと言わんがためであることは明白ですが、そもそもヘルメットをかぶりマスクをし、火炎びんの黒煙が立ち込める中、10メートルも離れた人物の横顔が見える訳がないのです。
 さらに機動隊員が死亡した現場の証言も大きく変更してきました。これまでARは、殴打者の左後ろから近づいて見て「背格好から大坂だ」と特定していました。ところが51年たって初めて、殴打現場を通過して先の方まで行き、また戻ってきて、「殴打者の右横顔を見て大坂だと思った」と証言したのです。 弁護人は「顔が見えたといわんがために、証言を変更したのではないか」と追及、ARは全く答えられませんでした。
 最後に弁護人は、ARが過去の星野裁判などで5点にわたって供述調書の内容を訂正しており、その際「取り調べが厳しく記憶にないことを言った。訂正するつもりで出廷した」と証言していることについて尋問しました。例えば、供述調書で「大坂が『殺せ、殺せ』と異様な声で叫んでいた」とあるのを、公判では「誰の声か分かりませんでした」と訂正していたのです。弁護人の追及にARは、自らの法廷証言すら「覚えていない」と卑劣にも逃げ、でっち上げ加担者としての本性を現しました。弁護団はAR供述の信用性を徹底的に叩き、粉砕しました。
 次回以降もデモ参加学生の証人調べが続きます。ARに続き、権力のでっち上げを暴こう。


星野国賠勝利! 大坂さん無罪奪還
11・27星野・大坂全国集会 & デモ

大坂救援会通27号03
反戦・反核・反改憲で心一つに
星野・大坂一体で闘い勝利へ

 11月27日、東京・永田町にある星陵会館で星野・大坂全国集会が行われ200人が参加した。
 星野全国再審連絡会議共同代表で大坂さん救援会の呼びかけ人の狩野満男さん主催者あいさつに立ち、11・14渋谷闘争を軸に闘われてきた反弾圧救援運動の勝利の地平を提起。中国侵略戦争情勢下、政府が沖縄を再び戦場にしようとしていることを弾劾し、星野さん・大坂さんらの闘いの正義性を確認。その不屈の精神で運動を発展させることが重要であり、帝国主義権力者と一体となってゼレンスキーを擁護する宮城の一部の人たちと決別すると宣言した。労働者民衆の反戦闘争と一体で星野・大坂闘争を闘うこと、三里塚に眠る星野さんの追悼碑を守り市東さんの農地強制収用を実力阻止しようと決意を明らかにした。
 続いて弁護団による裁判の現状報告が行われた。最初に星野国賠弁護団の岩井信弁護士、土田元哉弁護士、和久田修弁護士が発言に立った。星野さんを獄死させた国の反論書は、弁護団意見書提出から1年を経てようやく提出されたが、「なぜ検査を行わなかったのか」という根本的な疑問に全く答えないものと弾劾。裁判勝利への確信固い報告に参加者は大きくうなずいた。
 続いて山本志都弁護士が、ついに開始された大坂裁判について報告した。これまでの6回の公判で検事側証人が「忘れました」「記憶にありません」と連発し、当時の検察官が作成したデッチあげ調書を採用させようと目論んでいることは、裁判の形骸化であり許されないと弾劾。51年前の事件の免訴を争い、さらに証人尋問でうその供述を強要された実態を暴いて勝利するとの力強い決意に、法廷内外の力を合わせて大坂さんを取り戻そうと皆が勝利を誓った。

三里塚とともに
 第2部の最初に、決戦の三里塚から、星野碑の前で「共に闘おう」と訴える市東孝雄さんのビデオメッセージが上映された。
続けて大坂さんのアピールが読み上げられた。「私の裁判も…三里塚や沖縄への攻撃と本質的に同じであり、闘う側も全て一体で」との大坂さんの思いを皆がわが思いとして強く共有した。
 星野国賠勝利! 全国運動から福島尚文さん、船木明貴さん、三浦正子さんの3人の呼びかけ人が決意を語った。
 圧倒的な拍手を受けて登壇した全学連の仲間は、星野国賠、大坂裁判、三里塚闘争に勝つことが改憲・戦争を止める力になると発言。大坂裁判が若者を獲得していると報告し、星野精神を引き継ぎ三里塚強制執行実力阻止、5月広島サミット粉砕へ全力で闘うと決意を述べた。若い力の胎動に往年の闘士たちが熱いエールを送った。
 東京労組交流センターの代表は、世界戦争の緊迫した状況にある中で、星野・大坂精神で闘うことの重要性を提起、「階級的労働運動とは資本主義社会を打ち倒して革命をめざす闘い。11月労働者集会の中にその力がある。全世界で労働者がストライキで闘っている。この力で大坂さんを取り戻す」として現代の渋谷闘争を実現させ社会を変える決意を述べた。そしてウクライナ戦争1周年の2月に反戦闘争を闘うこと、3・11フクシマ闘争、4月杉並・高槻の選挙に打って出ると闘いを宣言した。
 星野さんをとり戻す関西連絡会代表の吾郷春代さんは、10月9日に大阪で開かれた大坂裁判勝利の集会が大成功したことを報告。関西の仲間が大坂さん奪還の決意を固め、星野国賠と一体で闘いが進んでいること。星野さんの分骨もある市東さんの農地強奪許さず三里塚連帯、沖縄南西諸島の侵略基地化粉砕の闘いを進める中、10月16日に泉州星野さんをとり戻す会の結成を実現したと報告した。
 星野さんは無実だ! 国賠・再審を勝ちとる福島の会の吾妻道子さんは、10月に星野絵画展を成功させ、「星野精神を引き継ぐ者」として新たな福島の闘いが始まったことを報告し、3・11福島行動への参加を訴えた。
 大坂救援会事務局長の小泉義秀さんは、公判を通して無罪・奪還が出来ると確信したと述べた。星野暁子さんは星野闘争を裏切る宮城の一部の人たちと決別し、反戦・反核・反改憲を闘って岸田政権を倒そうと訴えた。
 最後に金元重さんが「勝利の展望をつかんだ」と皆の実感をまとめ、団結ガンバローで締めた。集会終了後、新橋まで「三里塚強制収用阻止、星野国賠勝利、大坂さん奪還」の力強いコールを響かせ、意気高くデモを打ちぬいた。

11・27 星野・大坂集会への
大坂正明さんメッセージ

2022年11月20日           大 坂 正 明
 この集会には私の裁判の抽選・傍聴闘争に駆け付けてくださった方が大勢参加していることと思います。また裁判には駆けつけることはできないけれど、心から支援を送ってくださっている方も全国にいらっしゃいます。そうした全ての方に心から感謝を送ります。ありがとうございます。
 皆さんの熱い檄には本当に励まされ、勇気づけられます。
 私の裁判は第5回、第6回から、すでに山場に入っていると言えます。デッチあげ供述調書を作られた人たちの証人尋問が始まったからです。ここでこのデッチあげを暴いていくことがこの裁判の最大のポイントです。
 この山場に入った公判を皆さんも見守っていただくようあらためてお願いいたします。
 そして同時に強制収用攻撃が迫る三里塚にも思いを馳せていただきたいと思います。この日三里塚現地でも集会が開かれているとのことです。だから三里塚との連帯を強くする集会として盛り上げてほしいと思います。
 私の法廷では、傍聴者に対しては非常に厳しい姿勢を見せています。裁判所の機動隊ともいえる暴力的職員が目を光らせ、ほとんど聞こえないようなやじや声出しを摘発し、大声で裁判長に訴えるのです。私には聞こえないほどの声なのだから、そのままやり過ごせば審理は続けられるのに、暴力的職員が審理を中断させているのが実状です。
 私としては、このような暴力的職員とやりあって退廷させられるよりは、最後まで審理を見守っていただいたほうが良いと考えています。  もうすぐ当時取り調べを担当した元検事が証言に立ちますが、間違いなく聞くに堪えないことを吹きまくると思います。「覚えていない」という言葉も多く出てくるはずです。それでも怒りを抑えて見守っていただきたいと思っています。
 半世紀前のことなので、忘れてしまったことが多くあることはやむをえません。私も忘れてしまったことは多々あります。だからといって逮捕された時に作られた供述調書が最も事実に即しているという主張が正しいわけではありません。検察側はそうしたいのですが、当時の調書には、押し付けられたウソもあれば、誤認もあります。
 そもそも51年前のことの真実を明らかにするということが成立しません。しかし検察は、私を見せしめにし、国家に逆らう者はけっして許さないとしてこの裁判があるのです。特に改憲・戦争に反対する者をたたき潰すというきわめて今日的な目的をもって私の裁判を位置付けているでしょう。
 だから三里塚や沖縄への攻撃と本質的に同じであり、闘う側も全て一体でなければなりません。私たちは反戦・反核・反改憲で団結を固め、これらの闘いを発展させていきましょう。
 私もせいいっぱい皆さんについていきます。
 ともに闘いぬきましょう。


51年ぶりに目と目が合った
千葉工大学友 古田陽人
090-00saka10.25-02
 11月25日、同じく千葉工大学友S氏と九州より上京し、大坂さん裁判の第6回公判に参加しました。傍聴席最前列から念願の面会を果たし、激励の思いを伝えることができました。
 公判開始前から限られた席数にかかわらず傍聴闘争に多くの支援者が結集するなか、51年ぶりに大坂さんと面会することができました。予想よりも元気な姿で安心しました。さっぱりとした印象で鋭い、真摯な眼差しは大学キャンパス当時と変わらぬものでした。大坂さんは公判中は机上の書類にメモをしながら、時折、顔を上げる程度でしたが、目と目で挨拶と激励を交わすことができました。  公判は検事側証人に対しての弁護側萱野弁護人の反対尋問が午前午後、長時間に渡り、鋭く熱い追及が精力的に行なわれ、検事側証人は「覚えておりません」を連発するのみ、偽りの証言を糊塗するのみで、取調調書も検事が作り上げた虚偽の内容であることを本人自らも認めていました。
 大坂さんが写真などから現場にいなかったことは明白であり、殺人罪はでっち上げで無実です。沖縄闘争への権力の恐れによって引き起こされた政治弾圧であり、具体的証拠も無きまま、半世紀に渡って長期に大坂さんを手配・拘束する異常な不当裁判です。許されざる事態です。一刻も早く、大坂さんを無罪奪還しなければなりません。
 今後も裁判は続きますが、同志・学友である大坂さんの支援の輪をさらに拡げ、大坂さん、弁護団、救援会、千葉工大学友OB一体となって、闘い抜く覚悟です。


大坂正明さんの公訴棄却を求める
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221101-01
帯広カルテットを先頭に200人が昼の霞が関をデモ行進。圧倒的な注目を浴びた(10月25日)

 10月25日、東京地裁刑事第4部(高橋康明裁判長)で大坂正明さんの公判が始まりました。三百人以上が傍聴券を求めて早朝から列をなす中、大坂さんの無罪奪還を求め救援会の仲間も全国から全力で結集しました。大坂さんと同郷の友人たち=帯広カルテットを先頭に星野暁子さんら11人が傍聴しました。
 午前10時、ついに大坂さんが法廷に現れました。少し伸びた髪、凛としたたたずまい、静かな闘志を秘めた大坂さんの姿に、傍聴席から感動の拍手や大坂さんへの激励の言葉が溢れました。
 「私は無実・無罪」「沖縄闘争を闘った私を裁くことは不当」「この公判を反戦・反核・反改憲を訴える場として闘う」。大坂さんの堂々たる意見陳述は、裁判官、検察官を圧倒し、マスコミ各社の報道で「無罪を主張」の見出しが躍りました。
 大坂さんの意見陳述と一体で弁護団が冒頭陳述を行い、デタラメな政治弾圧を厳しく弾劾しました。
 この日集まった仲間は裁判所前でアピール行動を続け、昼休みには200人が霞が関をデモ行進。公安警察を圧倒し、公判初日は霞が関一帯を「大坂無実」の訴えが席巻しました。

証人尋問はじまる
 翌26日に第2回公判が、11月1日には第3回公判が開かれました。千葉時代の仲間や全国の救援会の仲間、婦人民主クラブ全国協議会の三浦正子さん、全学連の仲間が傍聴に入りました。
 検事側立証が始まり、証人として元警察官5人が出廷しました。この5人は新潟県警から派遣された機動隊の隊長・富澤健三、デモ隊と衝突して負傷した新潟県警の機動隊員3人、そして神山派出所近くでデモ隊偵察の任についていた神山派出所勤務の元警察官です。
 証人らは「デモ隊と対峙したことも覚えていない」「死亡した中村巡査の様子も記憶にない」などと「記憶にない」を連発しました。一方、弁護団の反対尋問でガス銃の危険性について追及されると「人に当たるなど考えたこともない」「死亡事故が起きたことなど聞いたこともない」と語気を強めて反論し、思わず傍聴席から「ウソつけ」と声が上がりました。裁判長が即座に退廷命令を発し、権力自身の余裕のなさを暴露しました。
 何も覚えていないから昔の調書を採用する、こんなデタラメな裁判は許さない! ますます闘いを強め、大坂さんを取り戻そう。傍聴に集まろう。

仲間との再会かちとる  公判を終え、大坂さんは「傍聴席の熱気を感じて、本当に支えられていることを実感した」と伝えてきました。「帯広カルテットはすぐに判った。坂野君は手を振ってくれた」と、嬉しそうに弁護士に語ったそうです。不屈に闘い続け、半世紀を経ての友との再会! 感動です。
 手紙で大坂さんは「51年以上前に会ったことがあるか、写真を何度か見て知った方だけ」しか名前が判らないながらも、傍聴席を一人ひとり確認し、団結を力にして「より攻勢的な裁判を闘おう」と提起しています。
 検事側立証を徹底的に粉砕し、大坂さんとともに勝利しよう!


大坂正明さんの意見陳述
 第一に、私は五つの罪名で起訴されていますが、すべての容疑についてその事実はありません。したがって無実であり無罪です。
 証拠とされているものは、当時の参加者の供述調書であり、それは取調べを行った官憲による創作文でしかありません。
 取調べが長時間であったり、大声で恫喝されたり、あるいは誘導によって、取調官が作ったストーリーを当事者自らが語ったという形にさせられたものなのです。
 そうしなければ取調べが終わらないのです。だから嘘を承知で指印を押しているということです。そうした実態は星野文昭さんや奥深山幸男さんの公判で供述者当人が証言していることから明らかです。
 調書に自ら指印を押しているから正しい内容だというのは詭弁です。
 このような供述調書には証拠としての価値はありません。

 第二に、この創作された供述調書をもとにして、星野文昭さんは、無期懲役の判決を受け、44年間の獄中闘争の末、杜撰な刑務所医療によって無念の死を強いられました。
 供述者本人がその調書の内容を否定したにもかかわらず、それを無視し、官憲が創作した調書のみを根拠として下した判決はあまりにも不当です。
 これは裁判官が「有罪ありき」として下した政治的判決に他なりません。このような不公正で理不尽な判決は許されるものではありません。

 第三に、1971年11月14日の闘争は沖縄返還協定批准に反対するものでした。11月10日に沖縄で打ち抜かれた全島ゼネストに連帯して闘われたのです。この返還協定の是非が全社会的に問われていたことを認識してもらいたいと思います。
 その協定の内容とは、沖縄県民が望んだ「核抜き・本土並み」とはかけ離れた、在日米軍基地の沖縄への集中と、自衛隊基地の新設だったのです。これでは平和の島にするのではなく、永久に基地の島となってしまうのです。
 その時私たちが指摘したことの正当性は、半世紀後の今日、沖縄の現実によって証明されています。今や沖縄には在日米軍基地の70%以上が集中し、ミサイル基地網が作られているのです。沖縄は今、再び戦争の最前線に立たされようとしています。そうした政府の攻撃に対して、辺野古では新基地建設に反対し、連日多くの県民が立ち上がっています。沖縄では「命こそ宝」と言われ、平和の島になることを望んで、どれほど金を積まれてもそれを拒否して、基地と闘う人々が多数存在しているのです。
  このような沖縄の現実と、これを生み出した返還協定を顧みるならば、返還協定に反対した私を裁くことは不当です。本来裁かれるべきは政府の沖縄政策であり、政府そのものだということを強く訴えます。

 第四に、公訴事実に関してはすでに時効が完成しているということです。奥深山幸男さんが病気から回復することが不可能だと分かっているにもかかわらず、将来的に回復困難であれば手続から解放すべきという最高裁判例を無視し、行うべき判断を回避し続けるという裁判所の不作為によって、この不正義はひきおこされました。奥深山さんは、起訴されてから亡くなるまで45年間、公判停止されてからでも36年間も被告席に縛り付けられたのでした。奥深山さんの主治医は一貫して回復困難な統合失調症と診断していたにもかかわらず、私の時効を止めたままにしておくために、私に対して刑罰権を行使するために、裁判所は奥深山さんに対する判断をあえて下さなかったのです。
 そのために私は46年間の長きにわたり、指名手配を受け続け、家族にも会えない生活を強いられました。そして、今、51年前の事件について裁かれるという、前代未聞の裁判の当事者という立場を強いられています。証拠は散逸し、防御権の行使も十分にできません。
 1994年に奥深山さんの免訴申立ての際に、奥深山さんについて裁判から解放していれば、全ての公訴事実に関して時効は成立していました。このような裁判所の不公正な不作為をここで正していただきたい。

 第五に、今日台湾をめぐり、日米と中国が対立を深め、挑発しあって一触即発といった危険な状況が生み出されています。もし戦争が開始されると、沖縄のミサイル基地などが真っ先に攻撃されます。そうなると沖縄は再び「捨て石」とされてしまいます。沖縄県民は不屈に反戦・反基地を闘い続けています。私が半世紀前に抱いた沖縄県民に応えようという気持ちは、今もまったく変わりません。だから沖縄県民の闘いに連帯して、私はこの公判を反戦・反核・反改憲を訴える場として闘います。           以上


弁護団の冒頭陳述(要旨)

異常な政治弾圧
 被告人は51年前の歴史的事件で起訴されている。客観的な証拠は何もない。事前にも事後にも面識のない4人のデモ参加者の「目撃」と称する50年前の「供述調書」だけが検察官の唯一の証拠だ。あまりにも常識から外れた異常な裁判である。
 本件当時、被告人は千葉工業大学に在籍する学生であった。当時、被告人は、日米安全保障条約反対、沖縄返還協定批准阻止、ベトナム戦争反対などの政治的主張を掲げて行動する学生活動家であった。

沖縄闘争は正義
 沖縄返還協定が沖縄県民の願いを裏切ったものであったことは、現在自民党政権によって進められている辺野古新基地建設の強行という事態にもはっきりと現れている。11月14日の闘争が必要かつ正しい意味を持つものであったことは歴史が証明している。弁護人らは事件の時代的背景や政治的意義をしっかりと主張する。沖縄県民の民意を無視する国会審議に対し、本土の大衆的な反対行動がとりわけ必要だった。被告人らのデモ行動も、沖縄の願いに応えたいと思う、やむにやまれぬ政治的表現行動だったのである。
 1971年は、沖縄返還協定に対する闘争と三里塚農地強制収用阻止闘争の年であり、街頭デモ行動に対する弾圧は激しく、救援連絡センターが扱った被逮捕者総数は約5千500人に上った。4~6月調印阻止の闘いでは、機動隊員はデモ参加者に傷害を負わせる目的で暴力を振るった。5月の闘争では、数百発の催涙ガス弾が撃ち込まれ、負傷者は約600人にのぼった。三里塚では、強制収用に抵抗する農民や支援の学生多数が重傷を負う事件も起きた。

警察の警備は違法
 警視庁は、11・14闘争に向けて全国から警察官を動員して厳戒体制をとることを決定した。東京都公安委員会は、14日に中核派系諸団体が予定していた宮下公園の集会と日比谷公園までのデモを不許可にし、集団的表現行動を全面的に禁圧した。11月14日は日曜日だったが、渋谷ではデパート6店が臨時休業し、商店街も店を閉める戒厳状態におかれていた。
 このような全面的な表現抑圧規制は憲法21条に違反する規制であり、許されない違法な弾圧である。被告人らのデモ行動に対し、機動隊が制止し襲いかかることは違法であり、警職法5条の要件を満たさない違法な職務執行にあたる。

供述調書はでっち上げ
 検察官は、被告人が11月12日に工学院大学に行って14日の準備を行い、その際に群馬の学生らと面識を持ったと主張するが、被告人は11月12日に工学院大学に行っていない。工学院大学に行く必然性も必要性もない。被告人は千葉の学生であって群馬の学生らと一切の面識はない。
 被告人は、11月14日に、小田急線代々木八幡駅から渋谷方向に向かって進んだ沖縄返還協定批准阻止を訴えるデモの隊列に参加した。しかし、検察官の主張する神山派出所及び梅澤精米店前での行為には一切関与していない。被告人に似た体型の人物が本件殴打現場にいなかったことは弁護側証人の供述から明らかである。
 凶器準備集合、公務執行妨害、傷害、現住建造物放火の各公訴事実について、いずれも存在しない。東京都公安委員会の違憲・違法な処分に基づき、警視庁が多数の警察官を動員し、集会やデモを禁圧することもまた違憲・違法なものであった。警察官らの一連の「制止」行為は、比例原則に反した違法なものであった。被告人は3名の警察官に熱傷などの傷害を負わせる実行行為を行っていない。また神山派出所に火炎びんを投げていない。共謀の事実もなく、共謀共同正犯は成立しない。
 被告人は、中村巡査を死亡させた行為に一切関与していない。また、この点につき、他の学生、労働者らと共謀した事実もない。ところが、この殴打現場で被告人が殴打に加わっていたと供述した者がいる。しかし、その供述に信用性がないことは、これからの証人尋問で完全に明らかになるであろう。また、周辺住民の中にも目撃者が多数存在する。殺人現場のデモ参加者の様子は機動隊員らも目撃した可能性がある。これらを全て検討しても、被告人だと思われる者がいたと供述する者は他に一切存在しないのである。被告人が、本件殺人行為に全く関係なかったことは明らかである。
 被告人は、11月15日に法政大学の学生集会に参加したかどうかの明らかな記憶はない。ただし、その集会において「我々の部隊が機動隊をせん滅した」などと演説した事実が存在しないことは明確である。
 被告人について供述した群馬の少年らの捜査段階の供述調書は、黙秘権の侵害、供述の強要、誤導により作成されたもので任意性、特信性も信用性もない。中津川検事の指揮のもとで作られた多数の調書は、特信性も信用性もない。
 写真面割りもラインナップ手続に違反しており、信用性がない。目撃者が被告人写真を選択したとの主張には手続的妥当性がなく、信用性がない。
 被告人は、本件各犯行に関与しておらず、かつ、他の者との共謀の事実も存在しないので完全に無実無罪である。

10・9大坂裁判闘争勝利!関西集会&デモ
大坂裁判と改憲・戦争阻止 闘争を一体でたたかおう!
星野文昭さんを取り戻す関西連絡会 吾郷春代

221101-02
山本志都弁護士が大坂裁判の経緯や争点を解説。皆が無実の確信深め勝利を誓った(エルおおさか)

 10月9日、大坂裁判闘争勝利! 関西集会をエルおおさかで行い、90名の結集で闘う決意を打ち固めました。
 連帯あいさつで全国水平同盟は「住宅闘争の時に星野さんがカンパを送ってくれた。星野さんの命を奪った権力犯罪を許さず、大坂裁判と一体で闘う」と決意を表明しました。
 続いて主催者あいさつを行いました。「第3次世界戦争・核戦争が始まっている中での大坂裁判は重要な闘い。安倍国葬粉砕実力闘争で多くの労働者人民と合流し、岸田の国葬に込めた戦争国家体制づくりを粉砕した。東京で行われた8・27大坂裁判勝利集会への大坂さんのメッセージにあるように、改憲・戦争阻止! 沖縄・南西諸島を中国侵略戦争の最前線基地にさせない闘いと一体で大坂裁判を闘おう。ウクライナ戦争と物価高に対する怒りのストライキが世界中で闘われている。反帝・反スタ世界革命を」と闘う方針を提起しました。

山本志都弁護士が講演
 集会のメインは大坂弁護団・山本志都弁護士の講演です。山本弁護士は「51年前の事件の裁判は前代未聞。大坂さんが事件に関与したことを示す証拠は皆無で、デモに参加した少年が強要されたウソの自白のみ。現場写真に大坂さんは写っていない。検察が大坂さんの着衣を特定しないデタラメや証拠の散逸。裁判員裁判からの除外の勝利。大坂さんの件は本来なら時効が成立。免訴を申し立てている」等、裁判の争点をわかりやすく教えてくれました。
 質問への回答も「大坂さんはデモ隊の後方に居り、現場を見ていない」等々詳しい解説に、皆大坂さんの無実を確信しました。
 決意表明で奈良・星野文昭さんをとり戻す会は、日教組奈良市に対する戦争のための組合潰し攻撃を粉砕して集会とデモを勝ち取ったと報告。高槻医療福祉労組の村山ゆうこ委員長は、沖縄闘争と共に星野闘争を組合で取り組んでいること、そして4月の高槻市議選に挑戦する決意を語りました。全学連は「安倍国葬を実力闘争で粉砕した。11・6労働者集会に結集を!」と熱く語り、それぞれ大坂裁判を共に闘う決意を示しました。
 労組交流センターの深町加代子代表がまとめを行い、「戦時下での大坂裁判の重要性を確認しよう。戦時弾圧に反撃して勝利を。11・6労働者集会に総結集しよう」と呼びかけました。
 集会後、扇町公園までデモを行い「大坂さんの無罪・奪還!戦争反対!」を訴えました。
221101-03
集会後、雨の中を元気にデモ行進。戦争反対、星野・大坂裁判勝利の訴えに市民が大注目(大阪市)



10月23日             
第44回 東拘包囲デモ 裁判勝利へ臨戦態勢

221101-04
 初公判を控えた10月23日、救援会は東京労組交流センターとともに第4回東拘包囲デモを闘いました。大坂さんとの団結を求め120人が集まりました。
 東拘デモも4回目、デモ隊は拘置所に隣接する老人ホームや公務員住宅ではマイクを控えめに、大坂さんに聞こえるポイントではボリュームを上げてシュプレヒコールをしました。
 「今日もよく聞こえるポイントで粘ってくれたようです。この日のデモをもって本当に『いよいよ』という気になります。まさに臨戦態勢に入るという気分です。気合を入れて出廷したいと思います」と大坂さんから返事が! 初公判に向け、臨戦態勢が整う大きなデモでした。

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10・25初公判へ総力で集まろう
救援会スケジュール22.8-05
救援会スケジュール22.8-06
10月23日(日)午後2時30分 集会
          午後3時 デモ出発
小菅万葉公園(東京拘置所正門横)



星野文昭さんと大坂正明さんは無実だ
裁 判 闘 争 勝 利! 関 西 集 会&デ モ
共 催 関西労働組合交流センター・星野文昭さんをとり戻す関西連絡会
日 時 10月9日(日) 14時開会 16時デモ出発 
ところ エル大阪・南1023号室           

 〒540-0031  大阪市中央区北浜東3-14 TEL:06-6942-0001
講 演  山本志都弁護士
090-kansai-01  090-kansai-02


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10・23東拘包囲デモ~
10・25初公判に結集を

労働組合の力で大坂さん奪還

東京労組交流センター事務局長 山崎浩邦
 10月25日、いよいよ大坂裁判初公判の日です。大坂正明さんの渾身の意見陳述があります。大坂さんと対面し、大坂さんと心を一つにして東京地裁を包囲し、裁判闘争に勝利しましょう。
 大坂さんは無実です。1971年11月14日の渋谷暴動闘争で「殺人罪」でっち上げで46年間も指名手配され、不当逮捕から5年を経過してなお、弁護人以外誰とも会えない接見禁止の状況で東京拘置所に勾留されています。本当に許せません。一日も早く解放を勝ち取りましょう。
 ペテン的返還に対する沖縄人民の怒りが全島ゼネストとして闘いが高揚している中で、本土における沖縄連帯が求められていました。沖縄と本土の闘いが一つになって爆発することを恐れた国家権力は、集会・デモの禁止によって闘いを抑え込もうとしました。この時、機動隊の暴力を打ち破って勝ち取られたのが渋谷暴動闘争でした。
 大坂裁判闘争は、渋谷暴動闘争の爆発に震え上がった国家権力によるフレームアップ攻撃との闘いです。大坂正明さんを機動隊員殺害の実行犯とする証拠は何一つ無く、当時少年だった学生に嘘の供述をさせて犯人に仕立て上げた、まったく怒りなしに語れないでっち上げ事件です。この間の闘いで検察から4千点以上の証拠を開示させていますが、大坂さんを犯人とする物的証拠は何一つありません。弁護士の方々の闘いと連帯して、傍聴席を埋め尽くす結集と、東京地裁を包囲する闘いで絶対に勝利しましょう。
 大坂正明さん救援会と労組交流センターは、東京拘置所への再三の申し入れ、差し入れ行動に決起しています。21年からは、東京拘置所包囲デモを闘ってきました。拘置所内から我々の声が届いていると報告され、私たちも勇気づきます。初公判を前にして、10月23日に4度目の東京拘置所包囲デモを行います。ぜひ集まってください。
 安倍元首相の国葬が9月27日に日本武道館で開催されました。国葬は労働者に戦争動員を強制し、中国侵略戦争を行うためのものです。私たち労組交流センターは、「改憲・戦争阻止!大行進」とともに、9・23安倍国葬阻止!岸田政権打倒の集会・デモを闘い、国葬当日にもデモ・会場前抗議行動を闘いました。多くの飛び入りがあり、600人に膨れ上がったデモ隊で権力を圧倒、国葬にかけた政府の目論見を完全に粉砕しました。
 いよいよ労働者の団結した力で、戦争を不可避とするこの理不尽な世の中を変えるときです。裁判闘争に勝利し、大坂さんを奪還しよう。そして闘いの隊列に大坂さんを迎え入れましょう。

民衆の怒りが岸田政権を追い詰めた
中国侵略戦争のための安倍の国葬を許さない


9・23~27 戦争・改憲阻止!大行進
武道館前登場し国葬を徹底蹂躙

大坂救援会通25号-01(221001)
全学連のスクラムデモが都心を席捲(9月27日 千代田区)
大坂救援会通25号-02(221001)
武道館前で機動隊と対峙し実力抗議行動を展開。労働者民衆の怒りで国葬を蹂躙した(9月27日 九段下交差点)

 9月23日から27日にかけ、安倍の国葬に反対する労働者民衆の闘いが全国で爆発しました。  東京では戦争・改憲阻止!大行進が23日に芝公園で集会とデモを行い、850人が集まりました。固いスクラムを組んで進む全学連のデモは圧倒的注目を集め、国内外の多くのメディアで報道されました。連休始まりのこの日以来、全国各地で国葬反対の様々な行動が闘われ、安倍の国葬は労働者民衆の巨大な怒りに包囲される中でその日を迎えました。  9月27日、大行進に集う全学連や動労千葉、労組交流センターの仲間たちは東京・神田の淡路公園で集会後、国葬会場である日本武道館に向けてデモに出発しました。デモは民衆の怒りと合流し、どんどん膨れ上がって600人に! 沿道からの声援が厳戒態勢の警察や右翼の妨害を一蹴しました。  デモの後、全学連や青年労働者を先頭に武道館に肉薄しました。九段下交差点で阻止線を張る機動隊と対峙し、実力で抗議集会を実現しました。民衆への弔意の強制と自衛隊を動員した「厳かな」式典の演出で戦争に向けた国家体制づくりを狙った安倍の国葬を完全に蹂躙しました。

9・23~27 9月25日、救援連絡センターが
新橋で国葬反対集会と銀座デモ

大坂救援会通25号-03(221001)
救援連絡センター主催の国葬反対集会で八王子市教育委員会への弔意強制反対申入行動の報告を行う
根津公子さん。集会では大坂救援会も特別アピールに立ち国葬粉砕・大坂裁判勝利を訴えた
(9月25日 ニュー新ホール)

 9月25日、救援連絡センターが国葬に反対して集会とデモを行い、大坂救援会も共に闘いました。弾圧救援を正面課題に半世紀、政治デモは救援センターの歴史上初めてだと司会者があいさつしました。多くのマスコミも駆けつけ、銀座デモはNHKの全国ニュースで流れました。
 「改憲と戦争への道を許すな」「弾圧の強化を許さない」と、国葬を許さない救援連絡センターの姿勢を鮮明にさせ、100人が元気に銀座をデモしました。



10・25初公判へ総力で集まろう
救援会スケジュール22.8-01


星野文昭さんと大坂正明さんは無実だ
裁 判 闘 争 勝 利! 関 西 集 会&デ モ
共 催 関西労働組合交流センター・星野文昭さんをとり戻す関西連絡会
日 時 10月9日(日) 14時開会 16時デモ出発 
ところ エル大阪・南1023号室           

 〒540-0031  大阪市中央区北浜東3-14 TEL:06-6942-0001
講 演  山本志都弁護士
090-kansai-01  090-kansai-02


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大坂裁判勝利 総決起集会の報告
大坂救援会通24号01(220901)

 8月27日、大坂救援会は東京労組交流センターと共催で大坂裁判勝利に向けた総決起集会を開催しました。集会は150人が集まり、労働者民衆の力で大坂正明さんを取り戻そうと、闘いの方針を力強く確認しました。
 集会冒頭、「多くの方の無罪・解放の声に応えて全力で闘います」との大坂さんのアピールが読み上げられ、満場の拍手で確認されました。大坂さんの決意を受け、沖縄闘争弾圧の裁判を全力で闘い抜き勝利しようと基調が確認されました。
 続いて弁護団から裁判の報告と提起が行われました。大坂さんの無実が具体的に明らかにされ、検察官のでっち上げの実態が暴かれました(集会基調と弁護団報告の要旨2面掲載。藤田弁護士はコロナで欠席のため、文書での提起を代読)。
 集会後半、「星野闘争のすべてをかけて大坂裁判を闘い勝利しよう」との星野暁子さんの訴えを皮切りに、星野全国再審連絡会議、迎賓館・横田爆取裁判の完全無罪をかちとる会、大坂救援会、婦人民主クラブ全国協議会、東京労組交流センター、全学連の仲間がともに闘う決意を次々と表明し、大坂さん奪還を誓う熱い思いで会場は一体となりました。
 最後に闘いの方針が提起され、10月25日の初公判に全力で集まろう、10月23日第4回東拘包囲デモを闘おうと皆で確認し、団結頑張ろうで集会を締めました。

<大坂正明さんの8・27集会アピール>
星野さんの闘い引き継ぎ全力で闘う
労働者民衆の力で沖縄闘争に決着を

 私の裁判が10月25日から始まります。そしてそれが裁判員裁判から除外されたことはすでに周知のことと思います。
 裁判員裁判から除外されたからといって私が有利になったというわけではありません。徴兵のごとく一般市民が駆り出され、権力の手先のように利用されることをやめさせることができたということです。
 ただ、裁判員裁判はすでに75%の人が拒絶していて事実上破綻しているので、私自身は、除外されたからといって、特別な意味を感じてはいません。
 あるとしたら裁判官の政治性が?き出しとなって判決に反映されるのではないかということです。裁判官の政治性とは法の下の平等を保障するよりは、国家体制を守るための裁判をするということです。
 現在、岸田政権によって、ウクライナ戦争、安倍銃撃殺、ペロシ訪台などを徹底的に利用して、戦争をするためにあらゆることを作り変える攻撃が進められ、まさに戦争直前情勢です。これに司法界も無縁ではありません。
 そこで出されたのが全学連国賠の逆転敗訴です。元々国家意志として「過激派壊滅」「過激派有罪」として攻撃されていたところに、それがさらに強化されると法律無用・問答無用の傲慢な判決となります。
 このような情勢の下での私の裁判は当然かなり厳しいものになりますが、しかし私は決して悲観はしていません。
 私の裁判は沖縄闘争をめぐるものですが、この真の解決=決着点は裁判にあるのではなく、沖縄県民を先頭とした日本の労働者民衆の力で決着をつけるものだからです。したがって、私の裁判はその一翼ではありますが、全てではありません。ただし現在の私にとっては裁判が全てなので、小さくはありますが、日帝政府の理不尽な沖縄政策に打ちこむ楔の役割となれるよう、全力で闘いたいと思います。
 星野さんの闘いを引き継ぎ、星野さんの国賠と二人三脚で沖縄の闘いに連帯を示すことができれば、それだけでも一つの勝利です。
 そのうえで、私の裁判での証拠とは、当時の一部の参加者が警察と検察によって強制されたデタラメな供述調書だけなので、この脆弱な証拠の嘘・矛盾を暴き出せば、いかに反動的な裁判官といえども、無罪判決を出さざるを得なくなるでしょう。
 多くの方の無罪・解放の声に応えて、全力で闘います。裁判では全ての方に姿を見ていただくことはかないませんが、会える日を楽しみにしています。

 大坂裁判弁護団
 沖縄・反戦闘争と一体で闘う 藤田城治弁護士
 2011年に星野弁護団に加わった。自分の年齢よりも長期の自由が奪われたことに対する怒りが、星野・大坂裁判にかかわる原動力となっている。
 この5年間、接見を重ね、大坂さんと団結を強めることを一番に取り組んできた。裁判では徹底的な証拠開示を求め、約4500点の開示をかちとった。デモ参加者以外の民間目撃者の供述も開示させたが、大坂さんらしき人が警察官殴打に加わっていたとの調書は一つもない。
 50年前の事件で、証人の住所調査の難航、廃棄された検面調書や署名指印のない調書の存在など「裁判が成り立たない」問題が多数ある。検事と全面的に争って闘っている。


 大坂さんの無実を満天下に 西村正治弁護士
 無罪をかけた熾烈な闘いが開始される。大坂さんは無実だ。
 本件には物証がない。警察が撮影した神山交番前のデモ隊にも、大坂さんは写っていない。井の頭通りで警察車両と対峙し、後からデモ隊を追いかける形になったからだ。だから起訴されている一切の場面に関わっていない。これが厳然たる事実だ。
 大坂さんを目撃したと供述させられたのは群馬の少年たち4人。もちろん大坂さんと面識はない。このような「目撃供述」だけで起訴するなど、本来あってはならない。
 検事の主張の柱は殴打現場で見たこと。だが少年らは大坂さんのことを知らないから、事前に面識を得た話をでっち上げた。だが話をしたわけでもなく、名前も知らず、ただ「見た」というだけでは、とても面識を得たとは言えない。すべて作り話だ。
 警察が大坂さんの写真を見せ、名前を教えて供述が作られた。調書が作られた過程を明らかにし、信用性を否定するのが証人尋問のカギだ。また大坂さんが現場にいなかったことを証明する目撃証人も複数立てている。
 でっち上げ起訴を何としても粉砕する。免訴も闘いの焦点だ。絶対に無罪を勝ち取ろう。


大坂救援会通24号02(220901)

 基調報告
 大坂救援会事務局 杉浦文俊
 1971年11・14闘争をめぐる弾圧は沖縄闘争への弾圧であり、基地と戦争をめぐる労働者階級と国家権力との倒すか倒されるかの死闘です。「私の裁判は沖縄闘争をめぐるものですが、この真の解決=決着点は裁判にあるのではなく、沖縄県民を先頭とした日本の労働者民衆の力で決着をつけるもの」、こう訴える大坂さんのアピールを闘いの指針として確認しよう。
 ウクライナ戦争を火点に世界戦争、核戦争の危機が迫っています。沖縄が中国侵略戦争の最前線基地として再び戦場にされようとしています。連綿と続く沖縄民衆の基地撤去の闘いとともに星野文昭さん、奥深山幸男さん、そして大坂さんの半世紀を貫く不屈の闘いは、この核戦争を阻止する最前線の闘いです。
 戦争と革命の時代に完全に入った今日、階級的労働運動、反戦闘争を貫くことは、ただちに国家権力との内乱的激突になります。反弾圧闘争、獄中救援運動を階級的労働運動、学生運動、あらゆる戦闘的大衆運動の核心に据えて闘い抜こう。労働者民衆の大反撃の時代が始まった。この社会にあふれる怒りと結合する大裁判闘争として闘い、大坂さんの解放を勝ち取ろう。
 大坂裁判は、11・14闘争をともに闘い、その後の弾圧と非転向で闘い抜いた星野さん、奥深山さんの闘いと一体です。社会変革への志を同じくし、半世紀にわたって非転向をつらぬき闘った星野さん、奥深山さんの闘いを引き継ぎ闘いぬかれる裁判です。闘い続ける大坂さんこそが星野精神を体現しています。大坂さんの決意にこたえ、絶対に奪還しよう。
 裁判闘争に全力で決起しよう。秋からの半年間を大坂さん奪還の大決戦として構え、でっち上げを暴く戦闘的裁判闘争を打ち抜こう。大坂さんと団結し、労働者民衆の力で裁判所を包囲して闘おう。初公判に集まろう。
 星野・奥深山・大坂闘争を反弾圧救援運動の基軸とし、改憲・戦争阻止!大行進と一体で米日の中国侵略戦争阻止をたたかい、帝国主義を打倒しよう。


 ともに闘う決意
 星野の全てをかけ闘う 星野暁子さん
 星野文昭を取り戻すために創りあげたものを全て投入し、大坂さんの裁判に勝利しましょう。 星野は全国各地の救援会、弁護団と団結して闘いました。大坂さんとの団結が大事です。
 全学連が、「11・14の実力闘争は正しかった、星野をひきつぐ」と言っています。心を揺さぶられました。星野が生きていたら、どんなに喜ぶか。今、世界戦争の危機に直面しています。今こそ実力闘争の復権をかちとりましょう。国葬粉砕し、10・25大坂裁判第1回公判に集まろう。


 戦争・改憲絶対阻止へ 星野全国再審連絡会議 狩野満男さん
 戦時下の激動の今日、星野闘争は絵画展を拠点とし、人民大衆の共感、団結、希望の結集軸となって発展してきました。本土・沖縄を貫く今日の沖縄闘争でもありました。
 渋谷闘争50年は、不屈の反弾圧の闘いとして日本階級闘争の歴史に刻まれています。星野・奥深山闘争として蓄積した力を大坂闘争に投入し、星野闘争と大坂闘争の一体的勝利の中から、更なる大衆性と階級性を獲得し、戦争・改憲絶対阻止の闘いに邁進していこう。

 獄死攻撃許さず闘う 迎賓館・横田裁判の完全無罪をかちとる会 板垣宏さん
 横浜刑務所で闘う須賀武敏さんの大腸内視鏡検査が東日本成人矯正医療センターで行われた。鎮痛剤の注射もせず激痛を強制し、発見されたポリープの形も大きさも説明せず、医者は切除について確認すると言って部屋を出たきり帰ってこなかった。医療ではなく拷問だ。さらに横浜刑務所でコロナクラスターが発生し、須賀さんも感染した。
 被収容者を解放しろ。須賀さんの命を守るため、9月8日法務省への申し入れ行動に立つ。

 勝利へ全力あげる 大坂救援会 飯島幸雄さん
 25日の星野さんの国賠に参加した。あまりにひどい裁判だ。国はのらりくらり対応して、闘いの弱体化を狙っている。国賠は国家権力との真っ正面の闘い。
 大坂さんは未決で5年半も勾留され、鼻ポリープに苦しんでいる。星野さんも44年も獄中を強制された。私たちは力をつけ、勝利するために全力あげよう。
 岸田はガタガタだ。戦争・改憲、南西諸島のミサイル基地化を絶対許さず闘おう。その最先頭で大坂さんをとりもどすたたかいを。団結して闘おう。

 必ず友と再会する 大坂救援会 帯広カルテット 坂野康男さん
 大坂さんのアピールに「星野さんの闘いひきつぎ全力で闘う。労働者民衆の力で沖縄闘争に決着を」とありますが、これが核心ですね。
 大坂君と私は帯広幼稚園の同級生です。同郷の救援会事務局長の小泉義秀さん、沖縄労組交流センターの前川利克さんと4人で帯広カルテットです。10月25日の初公判には皆でかけつけ、法廷でそろい踏みし、50年ぶりに大坂君と再開したい。
 安倍国葬を粉砕し、10・25初公判で会いましょう。

 戦争絶対反対が原点 婦人民主クラブ全国協議会 三浦正子さん
 8月23日に差し入れと東拘申し入れ、さらに宣伝カー激励行動に参加した。大坂さんが裁判所に移送されるとき、屈辱的な身体検査をされていることを知って、ショックだった。大坂さんの意志を折ることが目的だ。ロボットみたいな庶務課長代理の方に強く申し入れた。
 20、21日に婦民全国協の全国総会を開催した。戦争に入っている今こそ、反戦を叫ぼう。戦前と同じ過ちを繰り返さないために、女性は戦争反対、自国政府打倒で立ち上がります。10月25日の裁判にはまわりの人をさそって参加しましょう。

 安倍国葬を粉砕しよう 東京労働組合交流センター 山崎浩邦さん
 大坂さんが無実であることが弁護団の報告で鮮明になった。
 東京労組交流センターは救援会と共に東京拘置所包囲デモを闘ってきた。初公判直前の10月23日に、4回目の包囲デモをやる。大坂さんと団結しよう。
 労働者を非正規にし、安保戦争法を制定し、モリ・カケ・桜と疑惑のオンパレードの安倍。その国葬は中国侵略戦争のためのものだ。9・23芝公園へ大結集して闘おう。11・6全国労働者集会を成功させよう。

 いまこそ実力闘争だ 全学連
 戦争と貧困をつくりだした張本人・安倍が倒れた。情勢が変わった。労働者学生の実力闘争は当然という声が生まれている。
 9月初旬に全学連大会を開催する。中国侵略戦争阻止、国葬粉砕を闘う全学連をつくりだす。 戦時下の反戦闘争は本質的に非合法だ。反弾圧闘争が重要だ。
70年安保・沖縄闘争への大反動に対し星野さん、大坂さんは主張をかえず非転向で闘いぬいた。この星野精神、大坂精神こそ戦争阻止の力だ。全学連の誇るべき先輩を絶対に生きて取り戻す。


大坂救援会通23号(220801)


大坂正明さんの公訴棄却を求める
署名にご協力下さい

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   大坂正明さんに暑中見舞いを
宛先  大坂正明さん救援会          
   〒105-0004 東京都港区新橋2-8-16 石田ビル4F
ニュース23号掲載の暑中見舞い
大坂救援会通23号02(220801)


8月27日(土)
大坂裁判勝利! 総決起集会

江戸川区総合文化センター(東京都江戸川区中央4の14の1)
20220827大坂集会ビラ(入稿版)-1 20220827大坂集会ビラ(入稿版)-2
 救 援 会 スケジュール 


☆霞 が 関 街 宣
7月21日(木) 正午~13時
  毎月、東京地方裁判所前で大坂さんの無実を訴える宣伝活動を行っています。

宣 伝 カ ー 行 動 
午後3時半 小菅万葉公園集合 宣伝カー出発


初公判は10月25日
8・27総決起集会へ

初公判に大挙結集し大坂さん取り戻そう
 大坂正明さんの初公判が10月25日に開かれます。未決勾留5年、ついにでっち上げを粉砕する裁判が始まります。10月25日、労働者民衆の怒りで裁判所を包囲しましょう。絶対に大坂さんを取り戻そう。
 大坂裁判は第一に、無実の政治犯・大坂正明さんを取り戻す闘いです。指名手配46年の末に逮捕・起訴など許すことができません。加えて5年間もの未決勾留、この間の医療放置、そして接見禁止という前代未聞の弾圧を打ち破り、奪還しよう。
 大坂さんは無実です。検事はでっち上げ供述調書以外に何も「証拠」を示していません。星野文昭さんを有罪にしたものと全く同じ証拠構造です。こんな裁判は許さない!
 第二に、これは沖縄闘争・反戦闘争に対する弾圧です。1971年11・14渋谷闘争は、沖縄民衆と連帯し、核と基地と戦争に反対して闘った本土における安保・沖縄闘争の頂点をなす闘いでした。権力の支配を揺るがしたがゆえに加えられたでっち上げ弾圧です。ウクライナ戦争下、日米が中国侵略戦争を見据え改憲・大軍拡へと突き進もうとしている中、改憲・戦争阻止の闘いにおいて沖縄闘争の位置は巨大です。再びの沖縄戦を許さない!沖縄を核ミサイル基地にさせない闘いと一つに、大坂裁判を闘いぬきましょう。


でっち上げ弾圧粉砕へ歴史的決戦に立とう!
 第三に、星野文昭さんの44年間の不屈の獄中闘争を引き継ぎ、闘い抜く裁判です。国家権力の憎しみを一身に受け仁王立ちして闘う大坂さんと固く団結し、渋谷闘争から半世紀に及ぶ不屈の反弾圧闘争=国家権力打倒の安保・沖縄闘争に労働者民衆の側から決着をつける根底的な社会変革の闘いです。
 星野さんの命を奪った権力への怒り、病気で公判停止となった奥深山幸男さんを亡くなるまで36年間も裁判に縛り付け、大坂さんへの指名手配を続けた権力への怒り、一切合切を争う大裁判闘争を闘おう!
 新自由主義を極限まで進め、労働者民衆の生活を破壊し命を奪ってきた安倍元首相が銃撃されて死にました。社会に怒りが満ち溢れています。かつて機動隊の暴力支配を「実力デモ」で打ち破り沖縄のペテン的返還反対の声を轟かせた星野さん、大坂さんらの闘いは、労働者民衆の圧倒的正義として再び迎え入れられる情勢です。
 いま安倍の死で権力支配はグラグラです。新自由主義が行き詰まり社会が崩壊しようとしています。今こそ決戦の時です。
 8月27日、大坂裁判の必勝を期して総決起集会を開催します。みなさんの参加を訴えます。大坂さん奪還へ、いざ進もう!



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   大坂正明さんに暑中見舞いを
    宛先  大坂正明さん救援会
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8月27日(土)
大坂裁判勝利! 総決起集会

江戸川区総合文化センター(東京都江戸川区中央4の14の1)
20220827大坂集会ビラ(入稿版)-1 20220827大坂集会ビラ(入稿版)-2
 救 援 会 スケジュール 


☆霞 が 関 街 宣
7月21日(木) 正午~13時
  毎月、東京地方裁判所前で大坂さんの無実を訴える宣伝活動を行っています。

宣 伝 カ ー 行 動 
午後3時半 小菅万葉公園集合 宣伝カー出発


第33回東拘包囲デモ打ち抜く
大坂さんと団結し 裁判闘争勝利誓う

労働者の力で取り戻そう 大きな怒りの声響かせる
 6月26日、救援会は東京労組交流センターとともに3回目の東京拘置所包囲デモを闘いました。気温が35度を超えようという猛暑に負けず、大坂さんを絶対に取り戻そうと、熱い思いで130人が駆けつけました。  デモに先立ち集会を行い、最初に大坂さんからのメッセージが読み上げられました。「私自身は全く孤立感はありません。外とのつながりを十分に実感しているからです」「改憲・戦争策動と闘うべき重大なときです。この包囲デモでは改憲・戦争反対と結合したコールをお願いします」「次回のデモは、ぜひ裁判勝利の後の私の凱旋デモにしたいものです」との勝利への強い決意は、参加者を奮い立たせ、皆の心を一つにしました。  東京労組交流センター副代表で大坂救援会事務局長の小泉義秀さんが基調報告を行いました。 「渋谷闘争から50年、中国侵略戦争を許さず沖縄闘争を闘おう、裁判員裁判を粉砕した力で無実の大坂さんを取り戻そう、この秋に始まる裁判闘争に全力で決起しよう」と訴えました。  集会は東京労組交流センターをはじめ救援連絡センター、星野全国再審連絡会議、迎賓館・横田裁判の完全無罪をかちとる会、婦人民主クラブ全国協議会、全学連などから発言を受け、獄中医療問題、改憲・戦争阻止の闘い、大坂さん奪還の決意が熱く語られました。

いよいよ秋から裁判闘争 大坂さんとともに勝利へ
 集会後のデモは東拘を一周。暑さでバテないよう、ゆっくりとデモ隊が進みました。これに対し公安一課の警察官は「歩くのが遅い」と弾圧し、宣伝カーを叩くなどの乱暴で威圧してきました。デモ隊は毅然とこれを跳ね返し、しっかりと大坂さんに呼びかけました。
 大坂さんから「これまでよりもコールが長く続いていました。聞きとることはできませんが、声を上げていることは判ります。ほとんど聞き取ることは困難のようですが、それでも参加者の熱い思いは届きます。あらためて気合が入りました」と手紙が届きました。大成功です。私たちの思いが伝わり、勝利に向けた一層強固な団結ができました。
 秋には裁判が始まる、これは待ったなしの大決戦です。弁護団はでっち上げ供述調書のウソを暴くために全力で闘っています。どこまで行っても供述調書の信用性が最大の焦点となる中、50年前の事件の裁判など果たして可能なのか、免訴・公訴棄却についても徹底的に争います。
 8月27日、大坂裁判勝利に向けた総決起集会を開催します。大坂さんの解放を求める署名を集め、闘いを広げよう。大坂さん奪還へ、まなじりを決して突き進もう。


大坂救援会通22号(220701)

 常に労働者と共にある大坂さんの姿勢に感銘
                 改憲・戦争阻止!大行進 古郡 陸

 私は今年5月の沖縄闘争を前に不当逮捕されました。しかし5月24日のクアッド粉砕デモの声は四谷署内にも聞こえましたし、勾留理由開示公判の傍聴に来ていただいた方々の表情からも、闘いが前進していることが伝わってきました。みなさんの連日の闘いに励まされ、私も完黙を貫くことができました。獄内外の団結で弾圧を打ち破ったという実感があります。
 反弾圧闘争とは、国家権力を倒して労働者階級が権力を奪取するための積極的闘いだと考えています。そういう思いで、6月26日の東京拘置所包囲デモに参加しました。「取り調べ」の中で星野さん・大坂さんを愚弄した公安警察への怒りの気持ちもありました。
 集会直前、「まだ鼻の治療はされていないのですか?」と通りすがりのご婦人が聞きに来て、カンパをしてくれました。この運動の広がりを感じました。集会発言すべてが素晴らしかったのですが、一番印象的だったのは大坂さんからのメッセージ。形式上では孤立していても外とのつながりを実感している、本日のデモを改憲・戦争反対行動としてもやってもらいたいとアピール。いつどこにいようが労働者階級とともにあろうとする姿に感動しました。デモでは光栄にも先頭の横断幕を持たせてもらいました。大坂さん、私たちの声は届いたでしょうか?
 大坂さんと団結して私も勇気をもらう、そういう集会とデモになりました。次回の行動は、大坂さん奪還の勝利報告集会にしたいですね。


 医療放置に戦争に突き進む国家の本質を見た
             東京青年労働者交流集会実行委員会 古内秀和

 無実の大坂さんに対する非人間的な処遇と長期勾留を絶対に許せない思いで東拘包囲デモに参加しました。集会発言などを聞いて改めて衝撃を受けたことは、国家権力の現在進行形の弾圧として鼻の治療が放置され、50年前の「事件」の「証拠隠滅のおそれ」というありえない理由で接見禁止が強制され続けていることです。まだ裁判で刑すら決まっていない段階でのこの非人間的な処遇は本当に許せないものであり、戦争に突き進む国家の本質が表れています。
 「弾圧は根本的には戦争のために行われる」のであり、沖縄闘争を闘った大坂さんを見せしめにした、戦争反対を求めて闘うすべての労働者民衆に対する弾圧に他なりません。
 この獄中弾圧と一体で、獄壁による分断が強いられています。今回のデモで目の当たりにした東京拘置所は、意識しなければ日常から遠ざけられています。大坂さんと救援会による獄内外の不屈の闘いがあってこそ、その獄壁は当たり前ではなく、徹底的に闘ってぶち破らなければならない存在なのだとハッキリ認識できました。
 反弾圧の闘いは戦争反対の闘いであり、非人間的な資本主義とその国家を倒す闘いであり、人間を取り戻す闘いそのものです。階級的労働運動をつくり出すためにも反弾圧闘争・大坂さん解放をもっと積極的に闘って拡大・発展させ、その前進で必ず大坂さんを取り戻すことを決意しました。


 弾圧をはねのけ戦争を止める先頭で闘います  全学連 T
 大坂正明さんの救援行動に今回初めて参加しました。
 50年前の沖縄のペテン的「復帰」に対して、星野文昭さんや奥深山幸男さんらとともに大坂さんが決起したこと、その結果、国家権力の憎悪を一身に受けることになり、今も劣悪な状況に置かれ続けているということは、この戦争情勢下、私たち全学連の学生にとっては無関係なことでなくなってきています。
 そもそも、数名の「でっち上げ供述」のみを根拠に大坂さんを数十年もの間追いかけまわし、今もでっち上げの罪を着せて収監している国家権力の執念は異常です。しかしそれは、大坂さんら反戦・反基地で決起した人々が日本、世界の階級情勢を巨大に牽引し、今に至る反戦・反基地の地平を切り開いたからこそ起こった反動だと思います。
 今、70年安保決戦と同じかそれ以上に絶望的かつ明らかな資本主義の崩壊・戦争情勢の中で、かつての大坂さんらと同じ立場で決起する運動の存在に国家権力は心底恐怖しています。大坂さんを守り、奪還することは、今の情勢下で戦争を止め資本主義を終わらせること、そのために国家権力の弾圧をはねのけていく必要があるという課題と完全に一体のものです。これからも大坂さんに連帯して救援行動を闘っていきたいと思います。


大坂正明さんの公訴棄却を求める
署名にご協力下さい

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6月26日(日)
第3回 東京拘置所包囲デモへ
220626 東拘デモビラ(入稿版)-1220626 東拘デモビラ(入稿版)-2

 救 援 会 スケジュール 

第3回 東京拘置所包囲デモ
6月26日(日)
午後1時 集会  午後2時 デモ出発 小菅万葉公園

☆霞 が 関 街 宣
6月16日(木) 正午~13時
  毎月、東京地方裁判所前で大坂さんの無実を訴える宣伝活動を行っています。


6月21日(火)       

☆大坂さん激励 第11回 差入れ行動
午後2時半 東京拘置所内待合室集合

宣 伝 カ ー 行 動 
午後3時半 小菅万葉公園集合 宣伝カー出発



世界戦争と対決し
6・26東拘デモへ

00522-01
日米会談・クアッド粉砕! 全国集会に750名。スクラムを組んで首相官邸に迫るデモ隊(5月22)

戦争会談許さない
 「クアッド粉砕、基地撤去、戦争阻止、岸田打倒」。5月22日、米バイデン大統領来日弾劾、戦争会議粉砕の全国集会が開かれました。集会後、全学連と青年労働者を主体とした迫力のスクラムデモが首相官邸とアメリカ大使館に迫り、中国侵略戦争阻止の訴えが都心を席巻しました。
 大坂正明さんが参加した1971年11・14渋谷デモは、沖縄と連帯する反戦闘争であり、日米の侵略戦争を許さない若者たちの叫びが機動隊の暴力を打ち破って都心にとどろいた歴史的な闘いでした。いま米欧日の大国の介入でウクライナ戦争が激化・拡大し、世界戦争の危機が日々深まっています。岸田政権はこれを奇貨として中国侵略戦争を画策し、防衛費の2倍加や沖縄・南西諸島のミサイル基地化、日本全土の戦場化を推し進めています。情勢は渋谷闘争時より格段に危機である、このことを今年の5・15沖縄闘争を闘い抜く中で共有してきました。
 私たち大坂救援会は、無実の大坂さんを取り戻すためにも、大坂さんらが闘った渋谷闘争を継承し、戦争絶対反対の闘いを取り組んできました。「復帰」50年目の沖縄闘争を闘い、そして日米戦争会談・クアッド会合粉砕の闘いに立ち上がりました。
 ウクライナを尖端に、世界戦争はすでに始まっています。世界中で戦争反対のデモやストライキに立ち上がる労働者民衆と連帯し、中国侵略戦争を絶対に阻止しよう。


大坂さんに勝利誓おう
 大坂正明さんが東京拘置所に勾留されて丸5年、いまだに接見禁止が続く前代未聞の弾圧が継続しています。この間、東拘は一貫して大坂さんの鼻ポリープ治療を拒否しています。「鼻呼吸ができない」と訴えているのに何もしない、こんな拷問が許されてよいのか!
 今年4月、東京拘置所長に就任した平良就志は、2017年、徳島刑務所長として星野さんを獄死に追いやった人物です。獄中者の人権や人命を踏みにじることで出世を重ねるなど、言語道断です。私たちの怒りを示し、労働者民衆の力で獄中医療の変革=社会変革を勝ち取ろう。その一歩として大坂さんの鼻の治療を実現しよう。
 6月26日、東京労組交流センターとともに第3回東拘包囲デモを闘います。獄中で闘い続ける大坂さんを激励し、団結しよう。東拘に処遇改善を強く迫り、大坂さんを取り戻そう! 
 大坂裁判は皆の力で裁判員裁判を粉砕しました。5月過程で4人の仲間がでっち上げ逮捕されましたが、完黙・非転向で弾圧を粉砕し5月30日に奪還しました。闘えば勝てる、闘って社会を変える。大坂さんとともに弾圧を打ち破る闘いに立とう。(救援会ニュース21号から)


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